幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

信者同士の諍いが絶えない理由

まず、

こちらのコメント欄に書かれていたある信者さん文章のご紹介です。

LEO氏にはアンチを批判する資格はないと思います。

まず、正邪を完全に誤った姿勢でピア健さんを中傷し、排他行為により人を傷つけ読者達に迷惑を掛けておきながら、うやむやな言い逃れのまま、コウさんやBAKABONさんから再三に強く反省を求められても、誠意ある謝罪もせずブログ村に居座り続けていること。

そして、私やコウさんにランキングや二重IDの不正を疑われて、BAKABONさんにも何度も警告されても、何らの弁明も行っておらず、常時1位という一定の責任が発生した立場でありながら、これは事実上不正を認めているということ。

まず、明確な謝罪を行った上(それができなければ黙って)、混乱と不正の責任をとってランキングから去るべきです。厳しいかもしれませんが、もう三か月にもなります。真理を学んだといういい大人なら、それが当然の正しい態度だと思います。
エルエル2005 2012-12-08 01:34:45

なるほど。過去にそういうこともあったのですね。
でも、信者同士で「お前が出て行け」とか「お前は俺のブログに来るな」とか言い合っているのを、外部から見ると、やっぱりおかしな宗教はなんだな、と思われますよ。(尤も、自称聖なる変態さんとか虹咲くオーラさんとかは、単体でもあれですけど。)
アンチからよく「幸福の科学は愛を説いているのに愛がない」と指摘されますが、まさにその姿が現前しています。
しかも、自分が正しいことばかりを主張して、反省がない。だから、「幸福の科学は反省を説いているのに反省がない」とも言われます。
そういったおかしな姿を見て、心ある人は距離を置いたり、教団を去って行ったりする。それは、現実に、党員数の減少という形で証明されています。「幸福の科学は発展を説いているのに発展がない」と言われる所以です。
自分で自分の姿を正しく客観視することができないことを以て、「幸福の科学は知を説いているのに知がない」と言うことができます。
こうして見ると、幸福の科学は「幸福の四正道」を説いていながら、実際には一つも実践できていないことが分かります。
「エル・カンターレ」というのは「愛の神」などではなく、良く言って、せいぜい「正義の神」でしょう。悪く言えば「祟り神」であり、中立的に言えば「裁きの神」でしょうか。
だから、信者一同も、自分の正義を主張してばかりで、他人の意見に耳を傾けることがない。信者同士で裁き合ってしまう。
最近になって、オフェアリスが実はオシリスのことだった、と言い出しましたね。あれは、大川隆法自身の自己認識の変容です。五十歳を過ぎ、自身の霊的本体が漸く自覚できてきたのではないかと思われます。
オシリスは死者の魂を天秤にかけて善悪を分ける「裁きの神」です。
「許し」を説く親鸞や、「一乗思想」の最澄を否定し、日蓮を持ち上げる理由がそこにあります。
だから、教団内部でも、常に諍いが絶えないのです。
大多数の信者の皆さんは、「幸福の科学の信者や職員は、一部、おかしなのもいるかもしれない。でも、総裁先生だけは別」と思っている人が多いです。私も、昨年の今ごろまでは、そう思っていました。
でも、毒を垂れ流している根源は、大川隆法その人以外にいないのです。
その証拠は、大川隆法総裁の言動をつぶさに観察すれば見えてきます。