幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

FILE035:救世主降臨

サイト名
救世主降臨
URL
http://a46535.blog.fc2.com/
著者
ベロ出しチョンマ
住所
愛知県小牧市
開始日
2012年3月15日
関連サイト
http://www.blogmura.com/profile/00954919.html
内容
創作系

幸福の科学で教えられている「神話」に基づいて、偉人の方々のシュミレーションゲームの原案を物語風にした小説」を書いておられる。(正確には「シミュレーションゲーム」ですが。)
こういうやり方は素敵だと思います。平和的で、全部は読んでいないですが、ちらっと読んだ感じでは、面白そうですし。
で、この方からコメントを頂きまして、長くなりそうなので、コメント欄ではなく、こちらでお返事を書かせていただきます。

組織型宗教の限界

ベロだしチョンマ
信者さんにも色々御座います。みなさん悟り発展途上であります。しかし、現在の日本の仏教徒、アメリカ・ヨーロッパ諸国のキリスト教徒、インド・アフリカ・イスラム圏のイスラム教徒、教祖の意に反し争うが絶えませんね~

西洋の歴史はそうでしたが、東洋の歴史はそうではありません。
西洋社会(中東含む)は、新しい思想が出てくる度、殺し合いにまで発展する争いの歴史でしたが、東洋ではその逆で、お互いに歩み寄って理解し合う姿勢が見られました。日本の神仏習合もそうですし、中国の儒・仏・道の三教交渉を見てもそうです。
かの天台大師も、老荘思想にヒントを得て摩訶止観を完成させたとも聞きますし、宋の時代、朱子や陸象山の儒教改革も、儒教に仏教や道教の思想を取り入れたものでした。多少の言い争いはあっても、殺し合いにまで発展することはありませんでした。
そこには「相対化」の論理があります。争いを止めるためには、我も彼も、お互い対等であるという意識が必要です。(日蓮宗などは、東洋とは言っても、自らの教えを絶対化したので、現在に至るまで争いが止まりません。)
ですから、大川隆法を人間扱いしなければ、幸福の科学が争いの根本にあることは避けられません。
今の世界の争いを止めるものは、東洋的な発想です。

何時の時代も教祖は素晴らしいが、弟子の理解力が低いため教祖の悟りまで至らないための争であるのではないかとantikkumaさんも解っておみえではないのですか?

ここも、私は違うと思っています。争いが起きているのは、教祖を神と崇めたり、「自分の所の教祖以外に正しい教えはない」と教えたりしている宗教です。要は、信者と非信者を差別する教えがある所です。
幸福の科学も、「宗教にも違いがある」ということを教えていました。全ての宗教を一緒くたにして扱うのは違います。
もう少し言うと、現在世界各地で見られているのは、組織型宗教の限界だと思います。組織は、大きくなればなるほど、必ず個性をすり潰し、人をモノ扱いし、また、柔軟な動きが出来ず、硬直し、相互理解を妨げるものとなります。
これからは、「宗教」や「信仰」というものを、個人の生活にまで引き下げていく必要があります。
幸福の科学は、「自由」などと言いながら、実際には特定の活動を強制していますね。そして、個人の個性をすり潰している。組織の活動を優先してしまうことによって、あちこちで家庭崩壊が見られる。二十数年しか経っていないにも関わらず、見事に組織型宗教の弊害が現れています。
組織はいらないと思いますが、せいぜい、

こちらのスピリチュアリズム普及会のような、お互い顔が見える範囲で集った数十名ぐらいからなるサークルぐらいならよさそうです。健全なキリスト教教会なども、こういうスタイルでしょう。
一口に「アンチ」と言っても、みなさん個人でやっているので一枚岩ではないですが、アンチは大体、組織の弊害を知り、それに反対する形で幸福の科学を辞めているので、組織を作ることはしません。
例えば、心検の種村さんも、やろうと思えば会員を募って脱会者の受け皿的組織を作ることができるのに、それをやっていません。あくまで、カウンセラーとの一対一の繋がりを基本として、顔の見えない範囲までは広がっていないので、私はその点は評価しています。

基本的に弟子はアホですから(勿論!私もですが!)だから、弟子を何億年もやってるんですよね~
悔しかったら教祖になって世界各国に信者を増やされてはいかがですか~?
antikkumaさんなら教祖様になれるかも~

ですから、この指摘も全く当たりません。
上記の「スピリチュアリズム普及会」でも、主催者の名前すら出てきませんね。完全に名を隠して活動するというのは、本当に立派です。
一人の教祖を立ててやるやり方は、もう時代遅れです。それは、争いしか産まないものです。全ての人は、人間として対等です。幸福の科学が「左翼」と言っている人たちは、「地球市民」とか「人類皆兄弟」とか言って、平等を説いています。唯物論は間違いとしても、平等主義、反差別主義の考え方は、正しいです。それは、過去の宗教や人種による差別による不幸を反省したものです。
しかし、幸福の科学は「唯物論憎し」のあまり、それらを否定し、時代の流れに反して、「次元構造説」などという尤もらしい嘘を広め、差別主義を推し進めています。
だから、幸福の科学では争いが絶えません。こんなに訴訟ばかり濫発する宗教が信頼されると思っているのでしょうか。
「唯物論」というのが極端だとしても、幸福の科学の教えもまた極端すぎます。双方の善きところを取り入れれば、ちょうどよくなるかも知れません。
ついでに言うと、そもそも、「弟子を何億年もやっている」ということ自体、幸福の科学で教え込まれた妄想じゃないですか。この人は、何を言ってるんでしょうか。そういう信者にしか通用しない妄想話を信じていることが、信者と非信者を差別することになるのです。そして、それを否定すれば「悪魔」呼ばわりでしょう。だから、争いが絶えないし、多くの人の支持を得ることもできません。根本的に間違っていることに気付く必要があります。
その差別の根本は、「教祖は特別な人」と思うところから始まります。「その教えを理解できる自分も特別な人」ということになります。しかし、実際には、イエスも人間、釈迦も人間です。後世の人がそれを勝手に理想化・神格化しただけです。
他人に理解できないような怪しげな「仏法真理」なるものを一旦捨てなければいけません。そして、世間の常識に合った部分だけ残すことで、魂は健全になります。

小ネタ

ブログ村の「主・エルカンターレとともに」というブログ(http://ameblo.jp/morinokobito777/)、ふと見たら、消えちゃってるみたいなんですが、どうしたのでしょうか。
googleのキャッシュを見る限りでは、11月24日の時点ではまだ存在しているので、もしかして私に目を付けられる前にブログ削除をされたということでしょうか。それとも、退会を決意されたのでしょうか。その両方でしょうか。
「もりのこびと」というidの方、hs-snsにもいましたね。同一人物かなあ。
まあ、辞めておくのが無難です。こんなカルト宗教に関わり合いを持っていても、未来には不幸しかないですから。
噂によると、また天照大神の名前を騙って恐怖の予言をしたそうですが、本当に恐怖の予言が好きですね。
富士山噴火はどうしたのでしょうか。大川隆法が言うと当たらない、というのは評判です。今度は何を予言されたか分かりませんが、また大ハズレでしょう。「大川隆法の予言は当たらない」という予言の的中率は、かなり高いです(笑)。
それでも信者のみなさんは、またしても、「エル・カンターレの力で止めたのだ」という、マッチポンプ詐欺に引っ掛かってしまうのでしょうか。
傍から見ていると、本当にもう、カルト化一直線ですよ。昔の教えで人を導くというスタイルならまだ良かったですが、現在の姿は、化けの皮が剝がれすぎています。祟り神丸出しです。しかも、天照大神まで祟り神にしてしまう。そんなのは、許されることではありません。神道を穢さないで下さい。

追記

2chでベロ出しチョンマさんのこのコメントについてのコメントがあったので、転載します。

307 :ポンコツ:2012/12/08(土) 23:17:12.27 ID:1RUWgE2/
>信者さんにも色々御座います。みなさん悟り発展途上であります。しかし、現在の日本の仏教徒、
>アメリカ・ヨーロッパ諸国のキリスト教徒、インド・アフリカ・イスラム圏のイスラム教徒、
>教祖の意に反し争うが絶えませんね~何時の時代も教祖は素晴らしいが、弟子の理解力が低いため
>教祖の悟りまで至らないための争であるのではないかとantikkumaさんも解っておみえではないのですか?
>基本的に弟子はアホですから(勿論!私もですが!)だから、弟子を何億年もやってるんですよね~
>悔しかったら教祖になって世界各国に信者を増やされてはいかがですか~?antikkumaさんなら教祖様になれるかも~

・他宗教も未熟だから幸福の科学も未熟でよい → 他宗教に対して優位性がないってことか
・教祖は悟っているが弟子はアホ → 弟子やる意味がねーな
・信者が多い宗派は立派 → 幸福の科学は底辺じゃん

信者さんは頑張って書いているんだけど幸福の科学を選ぶ理由が全くないってことしか分からんw

私とは見方が違いますが、なるほど、こういう切り口もある。面白いですね。

もう一つ追記

313 :神も仏も名無しさん:2012/12/09(日) 08:13:20.46 ID:4qFG7ZTP
>>307

引用部分を読むと、
相手の言葉に真摯に耳を傾け、
自分に至らないところを直す努力をしようという気持ちが感じられない。

自分に至らぬところを指摘されたら、かえって開き直り、相手を嘲笑しとるじゃないか。
話にならない。

それに、今現在の日本で、宗教間での争いなんてあるのだろうか。
カトリックの神父が、禅をやりに寺にきたり、
カトリックとプロテスタントが共同で聖書を訳したり、
僧侶も、神主も、初詣は、寺でも、神社でもどちらでもいいといったりしてるし。
例外は、大石寺と草加くらいであって、ほとんど争いはなかろ。

314 :神も仏も名無しさん:2012/12/09(日) 08:20:41.84 ID:4qFG7ZTP
>>313
それからさ、
キリスト教とイスラム教の対立と、
幸福の科学が引き起こしている対立は別問題だよ。

キリスト教とイスラム教の対立は、おそらく、
宗教的な違いだけでなく、
政治・文化的な違いによって、
対立が引き起こされている部分はあるだろうから、
対立のすべての責任が宗教にあるとはいえなかろう。

けれども、幸福の科学は、
政治・文化を共通とする日本人同士であっても、
大きな対立を引き起こしている。
よって、対立のほとんどの原因は、
宗教にある(幸福の科学にある)んだよ。

要は、幸福の科学は、
レムリアみたいな分派だけと対立するばかりでなく、
その他の宗教全般と対立し、
一般社会全体とも争っている。
だから、カルトと言われてる。

これも別の切り口からのコメントです。分かりやすいですね。参考までに、引用しておきます。