幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

映画『仏陀再誕』の真意など

アンチへの対応について

また、アンチ側の人達が批判してくる、あるいは指摘してくる内容が、まったくの的外れな批判なのか、こちら側にも問題がないのかを中道的な観点で振り返る必要はあると思います。
相手が指摘してくる部分は、確かに社会常識からみて、おかしいと思えるところを指摘してくる場合もあるからです。
幸福の科学の内部では、あたり前のように使う言葉や表現であっても、例えば、知識を持たない人が聞いたら、おかしいと思えるところはたくさんあるのでしょう。
霊言集の中にも指摘されていたと思いますが、内部だけで盛り上がっても、外部の人からはどのように見えるのかを常に考えておかなければ、他の人に対して、いい意味での影響力をもつことは難しいかもしれません。
おそらく、その辺のところを指摘される場合が多いのではないかと考えます。

やはり、ガンブロさんはよくできた人ですね。幸福の科学以外の教養も豊富だから、ある程度、幸福の科学を客観視できるのだろうと思います。信者がみんなこのように良識ある対応をする人なら、幸福の科学もこんな酷い状態にはならなかったでしょうに。
この文章を読み、思い出したことがあります。
昨年の十一月でしたか、私がまだ現役信者だった頃、渋谷精舎だったか新宿精舎だったか忘れましたが、宏洋君が講演をしたことがありました。(今、調べた所によると、新宿精舎で11月19日に行なわれた「『幸福の科学の未来を考える』セミナー」ですね。)
その時の宏洋君も、アンチに対して、このガンブロさんと同様のことを述べておられました。アンチにも聞く耳をもたねばならぬ、ということを切々と訴えていました。もうメモも捨ててしまったのでないし、書籍化もされていないですが、その講演には、非常に感動したことを覚えています。
その後、宏洋君は、一時期理事長にまでなったものの、「霊言」という形でファイナル・ジャッジメントを酷評され、夏以降は公の場から姿を消しました。先のエル・カンターレ祭でも、次男や三男や長女が一緒にいる所を目撃されていますが、長男はいなかったそうです。
要は、ガンブロさんのようにアンチに理解を示すような精神を持つ人間は、幸福の科学には居られない、ということです。
私からすれば、案の定の結果です。宏洋君が中心になってやるのであれば、まだ救いはあったかも知れませんが、宏洋君を外すようでは、もうダメです。組織が腐るのは頭からです。既に頭が腐っているので、末端信者がどうこうという問題ではないです。
「『幸福の科学の未来を考える』セミナー」って、信者・非信者を問わず、どなたか拝聴された方はいないですかね。今の幸福の科学にこそ、あの時、宏洋君が言われた精神が必要であるように思います。

映画『仏陀再誕』の真意

さて、本題です。以前のブログにも書いていましたが、改めて書いてみます。
仏陀再誕』の脚本は、宏洋君が一人で書き上げたものでした。一見すると、幸福の科学=TSIであり、操念会=その他の邪教、という構図です。
しかし、あれは、実は幸福の科学の内部の霊的様相だと考えると、その真意がよく理解できます。
つまり、大川隆法の二面性を描いたものです。
まず、空野太陽的な、諄々と法を説く姿。これは、三十代の頃の大川隆法氏です。宏洋君が理想とする大川隆法の姿でもあります。
それから、荒井東作のように、「超能力」を駆使して、自らへの信仰を集め、恐怖の予言を繰り返して信者を増やし、支配しようとする姿。これは、現在の五十代になった大川隆法の姿です。
ということで、お父さんに対して、「荒井東作みたいにならないで!かつての三十代の空野太陽に戻って!!」という宏洋君の切なる心の願いが、あの映画には込めていたわけです。
大川隆法としては、宏洋君にまんまとしてやられたわけです。
で、その長男からの戒めにも耳を貸さず、相も変わらず天照大神の名前を使って恐怖の予言を繰り返し、信者を煽っている。
宏洋君の願いも虚しく、大川隆法は、もう、すっかり荒井東作化してしまいましたね。
私はアンチですが、宏洋君の話なら聴きに行きたいです。

メモが見つかったので追記

これは、今年の五月の私の書き込みです。

・自分自身の体験として、友達に話をしていたら、「正しいかも知れないけど、気に入らない」と言われた
・知識を持っていると、知らない人を見下してしまう。なので、「知らない人を裁いてはいけない」ということ。できる人にはできない人の気持ちは分からない
・敵対してくる人ほど、無関心な人よりは近い存在。憎しみに対して愛を持って接するべき
・敵対してくる者を、「悪魔」だとか折伏するのはどうなのだろうと
・(アンチについて)相手の側にも正義はある。こちらの見えていない所、自分たちの足りない所を教えてくれている
幸福の科学の目標は、一切の衆生救済である。今の時点で合わないからと言って、切り捨ててはならない。その人一人を切り捨てて何になるのか?
・一時的に厳しい態度を取ることも必要だとしても、最終的には幸福の科学を攻撃してくるその人をも救わなければならない
・相手の考えに耳を貸すか貸さないか、それだけで違う
・発展繁栄の前に、心の教え・愛の教えがないといけない

ガンブロ氏が言っていることとほぼ同じですね。ただし、教団内部では、こういう考え方は主流ではないです。

コウちゃんが言及していたので追記

(更新で追記
12月9日にYGブログがアンチへの意見を書き込みました。

あくまでも、あれは意見です。

アンチと親和性が余りにもあると言わざる得ません。

その通りですね。

信仰者である我々を鋭く批判したにもかかわらず、又信仰者のブログが34名以上も批判どころか、悪意をもって見下して評価され、信仰を阻害する悪意ある発言を繰り返している現実があるのです。

ここは文意が読みづらいですが、「(ガンブロは)信仰者である我々を鋭く批判したにもかかわらず、又信仰者のブログが34名以上も批判どころか、悪意をもって見下して評価され、信仰を阻害する悪意ある発言を繰り返している現実があるのです。(それなのに、ガンブロはアンチを鋭く批判することはないのはおかしいです。)」と補って読めば良いかと思います。

Lのブログはこういいました。
【そこで信者ブログを一つ一つ取り上げて、しかも悪意をもっての見下し評価、ときにはそこそこ評価しているように見せても、脱会した方がいいですよ的な、信仰を阻害するような悪意発言は同じですね。
信仰を守らんとしている人たちに対して、その信仰を誹謗・中傷するような悪意のある論評記事の数々。
何度も言いますが、宗教以前に、人間として非常識きわまりない行為である以上、】
私もこのように思います。
YGのブログにもう一度いいます。
批判ではなく、誹謗中傷している事実を重く捉えないと、又、脱会を進めていることを重く捉えないと、
バカボンさんが述べたように
【私やピッポやピア健が悪魔に見えて、アンチそのものが全く気にならないその感覚は、はっきり言って狂っていますし、異常ですよ。】
と思わざる得ません。

まあ、そうでしょうね。
私の立場から言うと、それらの人たちは、「インスピレーション」だの言って、その人にしか分からない主観的な事実に基づいて語っていますから、正常な人間(信者・非信者を問わず)からは、おかしな頭の持ち主に見えます。
一方的な主観に基づいた自分勝手な意見を展開する「スピリチュアリスト」たちが幸福の科学の評判を落とし続けていて、正常な人間を幸福の科学から遠ざけているということも、恐らく、ガンブロさんと私との共通認識ではないかと思います。

普通のアンチではありませんよ。
信仰を奪いに来ているのです。
YGのブログとKのKのブログは親和性があり過ぎて、お友達ブログのように見えてしまいます。
アンチに優しいはいいのです。
しかし、信仰者のブログを誹謗中傷した上、信仰を奪う行為に対して、厳しく教導しないことに非常に違和感を感じます。
あのT氏とかK氏に気持ちが分かると述べていると同じです。
なので、YGのブログとKのKのブログは、同じ穴の狢に見えますね。)

この点もコウちゃんの認識はだいたい正しいですね。評価が反対なだけです。
ガンブロさんみたいな全うな意見の人が、このように、幸福の科学内では非難されてしまうのです。
まあ、「信者ブログはもっとちゃんと反論しろよ」と臍を嚙む思いで見ている信者の方々も多いのではないかと推察します。反対に、「アンチいいぞ、もっとやれ」と思っている会内アンチの方々もいらっしゃることでしょう。有効な反論ができないということは、認めているのと同義です。この程度の個人ブログにやられてしまうようでは、幸福の科学が滅びるのは時間の問題ですね。
繰り返しになりますが、信仰は目的でなく手段です。「幸福の科学」というネーミングにしても、「目的としての幸福、手段としての科学」ということで名づけられたものです。
最近は、「信仰があれば幸福」ということも言われています。これもマインドコントロールの香り漂う危険な言葉ですが、仮にこの言葉が正しいとしても、「※ただし、その信仰が正しい場合に限る」という注意書きを付けるべき言葉です。
一人の人間を絶対視するような信仰は、信者と非信者の差別を生むもので、争いの元になる信仰であり、間違った信仰です。仮にそれがどんなに優れた人間であっても、人間であるが故の限界があります。
しかも、「エル・カンターレ」は祟り神ですから、信じても幸福になることはありません。
エル・カンターレ信仰を手放した人が、如何に自由で幸福に生きているかということは、他のアンチブログを見てもらえば分かると思います。こちらのブログに対抗するなら、アンチブログ観測所を作ればいいんですよ。