幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

「アンチが帰って来るような組織作りを目指してはどうか」という提案

お返事を頂いたので取り急ぎ。

以前、書いた気がするのですが思い違いかもしれませんので、理由を書きますが、きわめて主観的かもしれません。人類の過去の歴史上の宗教、哲学、思想など自分自身が独学で学んでいく過程で、普遍的な教えの部分が重なった点です。アンチさんは尊敬する対象を判別するのは、各人の心ですと、言われていますので、判別した理由が主観的であっても良いわけです。

私自身もそうですが、突き詰めて考えると、主観以上の回答はでないですよね。まあ、物事、何でもそうだと思います。
オウムでも統一教会でも、外の人がいくら色々と論拠を並べてカルトだ邪教だと言っても、中の人は聞く耳を持たず、一定の勢力を保ち続けています。

確かに過去、数十年活動してきていろんな事件や問題が起きましたが、アンチさんの目には事件ばかりが映るようで、信者になって素晴らしい経験をした人、病から立ちあがった人等、ブラスの方には向かないような気がします。

私も長く信者をやってきたのだから、そういうことはよく知っています。でも、逆に「イイシラセ」ばかりで教団にとって不都合な真実を隠蔽し続けてきたのは幸福の科学の方です。「病気平癒祈願」が効くなら、何故、佐々木英信さんは新宿精舎で講演中に倒れ、多くの人が祈願したにも関らず、そのまま還らぬ人となってしまったのでしょうか。最近も福岡正心館館長の林斉さんがお亡くなりになったと聞きました。
私は思うのですが、苟くも「科学」の名を冠するのであるなら、祈願が効くこともあり、効かないこともあるのであれば、その原因を調査し、仮説を立てて再検証してみる、という手法があっても然るべきだと思います。幸福の科学は、後付けで正当化の理由を考えるだけで、反省がないんですよね。だから、何事につけても根本的な改善がなされない体質が染み付いているように思います。

大川隆法先生=仏神と言える根拠は『法』の内容です。そして、教えの内容が素晴らしいと認識できる根拠は、自分自身が幸福の科学以外の内容を学んだ結果です。これも主観的といわれるかもしれませんが、いろんな宗教、哲学等を学び比較すればするほど、幸福の科学の教えのすごさが理解できると思います。これが、大川隆法=神と思える根拠です。以上

ガンブロさんの文章を読んでいると、「古き良き幸福の科学」という感じがします。ガンブロさんの他の記事を読んでも、他の現役信者さんたちとは空気が違うんですよね。恐怖の予言を取り上げたりはしないし、主観的妄想に基づいて電波を発信したりはしないし、アンチの私の話にも付き合ってくれるし、本当に優良信者さんだと思います。
でも、大川隆法や職員たちは、こういった優良な信者さんたちの温かい想いを踏みにじってきたんですよね。だから、年を追うごとに退会者が続出し、アンチが量産されています。
私は、幸福の科学に教えられたことも当然あります。「愛」と「悟り」と「ユートピア建設」といっていますが、そのこと自体は否定できません。「ユートピア建設」という理想を持ってやっている人たちが集まっているというのは、やはり素晴らしいことです。でも、それは実は統一教会でも似たようなものですし、他ののどの新興宗教でも一緒だったりします。なので、やはり、「看板に偽りあり」というのが私の現時点での感想です。言ってることと中身が違うから、宗教詐欺だと言っています。
方向性は素晴らしい。でも、中身がおかしい。言ってることはよいことに見える。でも、行動がおかしい。結局、「法」が曲がっていった根本にあるのは、大川隆法個人の自我であり欲望であると思います。今後、世界宗教を目指し、もっと多くの人が参集できるようにするためには、大川隆法への個人崇拝を否定する必要があるでしょう。「仏法真理」を大川隆法自身や、幸福の科学自身に当て嵌めて考えたとき、そこに一番の問題があることが分かる筈です。
つまり、大川隆法が始めたものであるのだけど、大川隆法が最大の毒素の源流であるという矛盾を抱えて自縄自縛に陥っているのが今の幸福の科学の姿だと私は思います。
ガンブロさんなら、私なんかより遙かに勉強家であるし、歴史にも思想にもお詳しいでしょうから、「弁証法的発展」ということもよくご存知でしょう。アンチの存在や、大川隆法を徹底的に否定することで、幸福の科学の次なる発展がある、ということを私が言っても、理解してもらえると思います。
私は、現在の幸福の科学は世間にとっても信者にとっても害でしかないので滅ぶべきだと思っていますが、幸福の科学が変化すれば別です。信者特有の「私たちは人とは違うのよ」という特別な意識や、批判者を皆悪魔扱いするような被害妄想、信者や職員の日常生活を大切にしないような教団の姿勢、普遍の法よりも教祖の自分勝手な指示や行動や言葉を上に置く風潮、こういった諸々のおかしな点を改め、一般社会とも調和してやっていけるような団体に変貌するのであれば、私ももう言うことはありません。そういう時には、もう一度参集してもいいと思っています。(個人的には、『仏陀再誕』で説かれたような、「家庭ユートピア」を全てのものの上に置くという教えを、実践レベルで信者の家庭に普及させることを切に願います。)
でも、大川隆法が生きている以上、そういうことは望めないし(大川隆法は絶対に反省しない)、死ねば尚更神格化されて間違った教えを含んだまま原理主義化していくでしょうから、いずれにせよ、早期に幸福の科学の撲滅を願うことに変わりはありません。
ともあれ、信者や職員の方で、ガンブロさんのようにまだ良識が残っている方には、「アンチが再び帰ってきてくれるような組織作りをしよう」というようなことを真剣に考えて貰えたらなあ、と思います。

追記(再婚問題について)

以下、カルト新聞のコメント欄の匿名さんの書き込み。(URL略)

ただし、会員さんの中でモヤモヤと不信感が蓄積するのも事実。アンチが先に事実を知って、そして会員さんがアンチみたくネットで情報かき集めるっつう現状は、確実に屈辱感たまってるし。

「再婚」「近藤しほ」でヤフー検索してる会員さんの気持ちを、少しは考えてもごらんよ。

そういうことですね。
アクセス解析を見てると、当ブログにもいっぱい来てらっしゃいます。
教祖も教団も、信者さんのことを、もっと大事にしましょう。

もういっこ追記

これも主観的といわれるかもしれませんが、いろんな宗教、哲学等を学び比較すればするほど、幸福の科学の教えのすごさが理解できると思います。

ここは私は反対で、知れば知るほど、「あれもパクリだった。これもパクリだった」と思うことばかりです。何で感じ方が正反対になるんでしょうね。