幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

大本大道場修行体験記 その1 動機から申し込みまで

少し前置きが長くなりますが、動機の話です。大きく分けて二つあります。

動機その1・秋山眞之が修行した道場で私も修行してみたかった

大川隆法はかつて小桜姫の霊言(『神霊界入門』)というのを出していました。信者であった頃は、その霊言がとても好きでして、夢でもいいから小桜姫に逢えないだろうかと思い、その本を枕の下に置いて寝たりしたこともありました。(結局、何もなかったですが。)それは、今から二十年ほども前の話です。
やがて、浅野和三郎という人が、戦前、『小桜姫物語』というものを出版していたことを知りました。(『浅野和三郎 霊界通信 小桜姫物語』この辺で全文を読めます。)霊媒は浅野和三郎氏の妻の多慶子さんであり、小桜姫はその守護霊ということでした。
浅野和三郎氏の著書を公開しているサイトがあり(心霊図書館)、そこで、秋山眞之氏の逸話を読みました。

などです。
下の方は、霊媒は浅野多慶子さん、「新樹」というのは通信役の霊で、浅野和三郎の次男で、何十年も前に既に亡くなっていました。他の時も、通信役をやっていた霊のようです。「父」というのが浅野和三郎氏のことで、この通信の数ヶ月に亡くなっていたようです。この文章を書いているのは、和三郎氏の兄で、同じく心霊研究家であった浅野正恭氏です。文中の伏字について、「○○」というのが秋山眞之であり、「△△」というのは東郷平八郎だろうと思われます。「××姫」は小桜姫でしょう。
秋山眞之は、『坂の上の雲』を読んでからすっかりファンというか憧れていましたし、こういうものを読み、「私もいつかは綾部の道場へ行ってみたい」と思ったのでした。しかし、幸福の科学の信者であった時分には、やはり、他の宗教施設へ出入りするということは何となく憚られる感じがして、その切っ掛けもなく、ズルズルと過ごしてきました。
で、この度、有給の消化も兼ねて、ちょうどよく年末に時間が取れ、「幸福の科学の信者」(或いは「エル・カンターレの呪い」)という縛りも取れたので、行くことにしました。
秋山眞之と大本については、以下のサイトがよく纏まっていました。

時系列的まとめ

簡単にまとめてみます。

大正5年(1916年)
浅野和三郎、大本に入信
大正5年(1916年)12月14日
秋山眞之、綾部の道場で修行開始
大正6年(1917年)6月
秋山眞之が大本を去りアンチに転向
大正7年(1918年)2月4日
秋山眞之病歿
大正12年(1923年)3月
浅野和三郎、「心霊科学研究会」を創設
昭和4年(1929年)2月28日
浅野新樹(浅野和三郎の次男)病歿(以後、霊として通信を送るようになる)
昭和12年(1937年)2月1日
浅野和三郎病歿
昭和12年(1937年)
『小桜姫物語』出版
昭和13年(1938年)
第15巻第2号「霊界の人々と語る」収録

動機その2・幸福の科学の思想的源流としての大本について知りたかった

幸福の科学の思想的ルーツを辿っていくと、直上にはGLA高橋信次生長の家谷口雅春などがありますが、それらを遡って辿っていくと、大本の出口王仁三郎に突き当たります。日本の霊能系宗教の祖が大本(出口王仁三郎)であるのは間違いないと思われます。
逆に、大本から出た流れを見ると、前述の浅野和三郎谷口雅春も信者(というか幹部)でしたし、世界救世教岡田茂吉も信者でした。世界救世教は、更に真光系の諸教団に別れていきました。現在の大本の信者数は十数万程度のようですが(http://www.kaiunclub.net/syukyouhoujin/51_100.html参照)、大本から出た諸教団を全部「大本の分派」として考えると、何十倍もの規模になるかと思います。
しかし、「どうしてこれほど多くの人を惹き付ける魅力がありながら、このように分派や別派が多く誕生してしまうのだろう」というのが一つの大きな疑問でした。大本では「万教同根」と言って、諸宗教の統合を目指しています。生長の家でも「万教帰一」と言って、諸宗教の統合を目指しています。幸福の科学でも似たようなことを説いています。
にも関わらず、多くの分派・別派を誕生させ、お互いに歩み寄ることなく、独自の教えを説いています。詳しく言えば、大本から世界救世教生長の家が誕生し、世界救世教から真光系諸教団が誕生しました。生長の家も、谷口雅春の死後、本部の方針に反対する信者たちが「谷口雅春先生を学ぶ会」等の別派を作っています。GLAも、高橋信次の死後、幾つもの別派が誕生しました。幸福の科学も、レムリア・ルネッサンス等、別派が誕生しつつあります。数多くの別派を生み出してきた大本そのものでも、出口王仁三郎の死後、後継者を巡って「大本信徒連合会」等の別派が誕生しています。
その原因は何なのか。同時期にできた「天理教」や「黒住教」などは、そこまでの多くの別派は誕生させていません。それならば、大本の教えの中に、「分裂の種子」のようなものがあるのではないか。大きな意味での「大本系諸教団」は、その根本である「大本」にまで遡って考える必要があるのではないか、というのが二つ目の動機でした。
「分裂の種」は、引っ繰り返せば「融合の核」ともなり得ると私は考えます。2012年12月、世界の転機があるとすれば、「分裂から融合へ」という時代の流れではないでしょうか。(と言ってみるテスト。)
幸福の科学大川隆法は、自分を「神々の主」とか「至高神」とすることによって、諸宗教の統合を図りました。「高橋信次の霊言」とか「谷口雅春の霊言」とか「出口王仁三郎の霊言」とかを出し、他の宗教を纏めようと試みました。しかし、残念ながら、その野望はとっくに潰えています。国内の宗教すら統一できず、「世界宗教」などというのは、真に烏滸がましいことです。
ともあれ、私の初期の動機としては、要するに、言い方は悪いですが「大本の中にある毒素を見つけたい」ということでした。大本の中にあり、大本系諸教団の中にも流れているもの。その「分裂の種子」とは何であるか、ということを探ってみたいということでした。

申し込みについて

大本の大道場修行は、ネットから簡単に申し込みができました。

こちらからです。
一泊は800円で、食事代等全て含めてもトータルで約一万円と、非常にお安くなっています。私がかつて所属していたどこぞの阿漕な教団の「精舎」と呼ばれる研修施設では、一泊するだけでも五千円(精舎によっては一万円)でした。(「ボランティア宿泊」という制度がある精舎では、二千円から三千円で宿泊することもできましたが。)
研修を受けるとなると、一泊だけでも三万円、高いものだと十万円とかもありましたね。初心者向けでは一泊一万円のものもありましたが、それでも五泊六日で一万円と比べると五倍なので非常にお高いです。
「何て良心的なんだろう」と感動しました。でも、考えてみるに、本来、宗教は儲けることを目的としたものではなく、公益性が高いものだから税金とかも免除されているわけで、大本の方が宗教としては真っ当な姿なのだろうと思います。
また、大本の場合、一般の人でも気軽に参加できるというのも素晴らしいです。
次回以降、研修内容や施設の様子について書いていきます。

霊界次元構造説について

と思ったのですが、教義について一点だけ書きます。

大本の場合

大本でも、霊界の階層説は唱えています。細かく分けると181層、大きく分けると天界・中有界・地獄界に分かれているという説が唱えられています。図解すると、

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こうなります(http://uro.sblog.jp/modules/tinyd10/content/reko02.htmより引用)。
ただし、幸福の科学のように、ハッキリと説かれているわけではないので、大体このような感じ、という所のようです。

依田君美(神幽現救世真光文明教団)の説
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http://www.syg.or.jp/teachings/shinyugen.htmlより引用。
大本→世界救世教世界真光文明教団→神幽現救世真光文明教団という流れで、恐らく霊界観も受け継いでいたのでしょう、「幽界」「神界」という語は、そのまま使用しています。そこへ、当時、科学の方でも言われ始めていた多次元宇宙説を取り入れ、霊界の構造として次元構造を当て嵌めたのがこの方なのだろう、と推測しています。(もしかしたら、それ以前にも提唱者がいるのかも知れません。不勉強につき、よく知らないので、ご存知の方は教えて下さい。)

高橋信次GLA)の説
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http://tiyu.to/news/09_12_25.htmlより引用。
依田君美の説では七次元までだったものを、九次元まで拡張しています。(時系列的には依田君美とほぼ同時期のようで、先駆的提唱者はやはり別の人なのかも知れません。)
また、「裏の霊界」として、「天狗界・仙界」というのも言われていますが、これは大本の方でも似たような思想はあったようです。

大川隆法幸福の科学)の説

高橋信次の説に加え、更に十次元は惑星意識、十一次元は恒星、十二次元は銀河系、十三次元は大宇宙、根本仏は二十次元以上の存在、などと付け加えました。
更に「要素」として尤もらしい説明を加え(四次元は「時間」、五次元は「精神」など)、一見、科学的になったようでありますが、逆にトンデモな「疑似科学」に堕したという指摘もあります(獏 論 [幸福の科学アラカルト] 対話16 理に合わない次元論)。

まとめ

私も、霊界次元構造説は、面白い仮説を立てたものだとは思いますが、ほぼ確実に間違いだろうと思っています。
霊界も神も全て「○次元」という世界で現すことができるとしたら、結局は全て物理法則に支配される物質に還元できるということになり、「唯物論」と何ら変わりません。
それから、私は、霊界があるにせよ、一人の人間がその全てを把握できるとは到底思えません。仮に救世主と呼ばれる存在がいたとしても、世界の全てを把握することはできないし、「霊界」ともなると、更に把握することはできないでしょう。一人の人間の力には限界があります。認識力にも限界があります。それは、神の目から見たら、遙かに遙かに小さいものだろうとも思います。人間から見た蟻よりも小さいものだと思います。
なので、心霊関係の研究者は、もっと慎重で、謙虚でなければならないと思います。霊的世界の探究は、主観による意見表明しかできず、客観的に検証するということは非常に困難です。だから、他の正常なスピリチュアリストたちが言っていることと矛盾がないか検証する作業はずっと続ける必要があるし、「これのみが正しい」と断定的に主張することも避けなければならないと思います。
あとは、霊界の構造の問題は、「信仰」とは別の問題ではないか、と思います。

「霊界の存在」は「信仰」の問題ではないと思う

霊界の存在の有無は、信仰の前提ではありません。霊界の存在の有無が不確かなものだとしても、神様を信じることはできます。
逆に、神様を信じているからこそ、霊界の存在も信じることができるのではないでしょうか。
「霊界の様相について、詳しく述べることができているから、これは本物である」という理由で信仰するのは、本物の信仰とは思われません。宗教の世界では、神への信仰が全ての根本にあるのであって、霊界とか天国・地獄とか輪廻転生とか、そういうのは宗教というよりは、寧ろ、科学の問題に属することであるように思います(「心霊科学」という言葉もあるように)。

「人への信頼」と「神への信仰」の混同があるのではないか?

それから、「特定の人物の説く霊界観を信じるかどうか」ということは、「神への信仰」の問題ではなく、「人への信頼」の問題だとも思います。大川隆法の説く幸福の科学的霊界観を信じないからと言って、神を信じないわけではありません。その他、多くの宗教家やスピリチュアリストの説く言葉が信用できないとしても、それは「人間が信頼できない」ということに過ぎず、「神への信仰心が無い」ということにはなりません。
どうも、「人への信頼」と「神への信仰」を混同している所が、大本から幸福の科学にまで共通する「毒素」のような気もします。それが「分裂の種」であるように思われます。神は絶対のもので、完全無欠のものです。人はどんなに優れていても所詮は人間であり、間違いを犯すこともあるものです。肉を持った人間を絶対化して「神」(または「神に準ずる者」)のように扱うところから、反撥を生み、多くの分派・別派を誕生させる温床となっているのではないか、と思われます。