幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

大本大道場修行体験記 その5 大本信徒連合会の話

平成二十四年十二月三十一日昼、私は京都府綾部市の大本の本部にいた。五日間の大道場修行を終え、食堂で、研修に参加していた方々と食事をしつつ、お別れの挨拶をした。私以外に一般で参加していた五十代の男性の方は、信者の方と連絡先を交換したりしていた。私はそこまで親しく交流はしなかった。というのは、幸福の科学と比べて、宗教としてはとても理想的で、「いいな」とは思ったものの、何となく違和感を感じるものがあったからである。

大本本部でタブー扱いになっている「第三次大本事件」

その一つが、第三次大本事件について、一切触れられないことである。講義でも一切触れられなかったし、質問できるような空気にもならなかった。
相部屋になった信者の方に、「詳しいことはよく知らないんだけど、これってどういうことですかね~?」と言って、大本信徒連合会のウェブサイトの「第三次大本事件」のページを見せて、遠回しに訊いてみたが、「そこはどこ?○○さんのとこ?そこね、そこも『霊界物語』を出版してるでしょ。でもね、違うのよ。やっぱりこっちの『霊界物語』の方が、スッと入ってくるのよ。内容は同じ筈なんだけど、そっちはイマイチだね」というようなことを言われ、無下に否定された。

大本信徒連合会を尋ねる

しかし、系図を見ても、明らかに信徒連合会側の方が正しいように思われたので、事前にメールで連絡を取り、大道場修行終了後に尋ねてみることにしたのだった。
綾部の大本本部は、一番低い所に宿所があり、その上に「みろく殿」(礼拝殿その1)があり、そこから少し坂を上り、一番高い所に「長生殿」(礼拝殿その2)がある。「大本信徒連合会」の本部は、そこから徒歩五分ぐらい、「長生殿」よりも少し高い位置にあった。
普通の民家を改造したような場所で、「みろく殿」や「長生殿」に比べれば、とても小さいものであった。しかし、祭壇はきちんと整えられていて、訪問した折は、翌日の新年祭のためか、お供え物の野菜などが準備中であった。
「こんにちは」と挨拶すると、「あー、○○さんですね、メールでご連絡いただいた……」ということで、すぐに応対して下さった。早速、色々とお話をしたのだが、「こちらの方が、本音で話せる」ということを思った。
「私は幸福の科学の二世信者であるが、昨年退会した。そのルーツを辿っていくと、大本に突き当たったので、こちらに勉強しに来た。大本は、『万教同根』と言って、宗教を一つにまとめようとしていた。しかし、実際にはその逆に、世界救世教生長の家を始めとして、幸福の科学に至るまで、数多くの新興宗教を生み出してきた。その『分裂の種』のようなものがここにあるのではないかと思う」と言うことも素直に話した。
途中から、出口孝樹さんが入ってきて、話に加わった。出口孝樹さんというのは、第六代教主春日さんの夫である。

  • f:id:antikkuma:20130106192850g:plain

春日さんとの結婚を機に大本に入信されたそうで、信者歴は十数年だそうである。面白い経歴の方だと思う。私の話もウンウンとよく聞いてくれて、とても好印象だった。(好印象過ぎて、のちに、私の初夢に出てくるまでになってしまったぐらいである。)
この人たちとの出会いにより、私は、「大本には『分裂の種』もあるが、逆に『和合の型』となる可能性もあるのではないか。大本の本部と大本信徒連合会が再び一つになることができるとしたら、それが『型』となって、大本から出た新興宗教たちが、大同団結して再び一つになることもできるのではないか」と思うようになった。
帰る際には、孝樹さんの先達(幸福の科学でいう導師のようなもの)により、天津祝詞を奏上(というのだろうか)させて戴いた。大本本部で誦げた天津祝詞よりも、心なしか、爽やかな感じがした。
孝樹さんは、熊野新宮神社の宮司も務めておられるそうで、そちらの方も案内して下さった。そこは開祖の出口なおさんの産土神社であり、出口王仁三郎の歌碑などもあったりした。(それなのに、本部の方ではこの場所も「無かったこと」になっている。おかしな話である)
……ということで、何となく、日記風に書いてみました。他にも、許可を貰っていないので詳しいことは書けませんが、孝樹さんは面白い人で、執われない自由な方でした。
私は、今のところ、大本とは全く関係ない者ですが、大本信徒連合会の人たちが本部の人たちと和合して再び一つになることを願っています。私は大本信徒連合会を応援します。「和合の型」を是非、示して戴きたいと思います。

おまけ:六代教主・出口春日様が涼宮ハルヒのモデル説

ハルヒファンとしては、大本に触れて、これに触れないわけにはいかないのです。

涼宮ハルヒの分裂(及び驚愕)』=第三次大本事件、に当て嵌めて考えるのは鋭いかも、と思います。そう考えると、その後、涼宮ハルヒの続刊が出ないことも何となく納得。
出口春日様は、

  • f:id:antikkuma:20130106192911j:plain

このように、非常にお美しい方です(信州 皆神山祭典関連の報告 [9月18日]より)。
昭和四十八年三月十六日生まれですから、今年で四十歳ですか。(今はまだ三十九歳)
facebookもやられているのですね。解像度の高い写真もあって、やはり、非常にお美しい方です。他宗教や他のスピリチュアリズムとの交流も活潑にされている様子が窺えます。
読む限り、感性もお若いようで、次代のスピリチュアル・リーダーとしての今後の活躍にも期待できそうです。
いやいや、私も「ハルヒ信者」でしたが、いつか、本当に「春日信者」になってしまうかも知れません。ちなみに、私の部屋には、昨年、春日大社に参拝した折に戴いた「春日皇大神」のお札があったりします。とりあえず、『涼宮ハルヒの分裂』あたりから読み返してみよう……。

ということで

今晩、午後十時から、NHK教育で大本特集ですよ。見終わったらまた感想を書こうと思います。第三次大本事件についてはたぶん語られないでしょうけども。

追記:Eテレの感想

まあ、そんなもんかと。自分の理解もまあ間違ってないのかと思った。スタジオの評論家の人はいまいちだった。
お筆先の「三千世界、一度に開く梅の花」の下りは、改めて朗読されると、物凄い迫力があると思った。
しかし、王仁三郎は焦っていたのかなあ、とも思う。現時点から見ると、「お立て直し」というのを早まり過ぎたのでは、と思ってしまう。
大本信者の目線で言えば、「聖師は型を示したのだ」ということになるのだろうけど、言い訳にしか感じない。教祖の失敗を、何かしらの理由を付けて言い訳するのは、幸福の科学でも見られたことで、今も、幸福の科学の信者や職員たちは、納得できる再婚の合理的理由を探して頑張っている。中の人はそれでいいけど、外から見ると狂信・盲信に見えるものである。
出口王仁三郎は果たして生涯一度も失敗しなかったのか?間違ったことは一度も言わなかったのか?「出口王仁三郎」を「仏陀」に代えてもいいし、「キリスト」や「マホメット」に換えてもいい。
人間を絶対化することは、私は大きな間違いだと思う。幾ら神近き聖人であったとしても、所詮は人である。間違いを犯さない人はいない。間違いを間違いと認めず、無理矢理正当化するから様々な歪みが生まれるのであると私は思う。