幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

揺れるueyonabaruさん(再婚問題・天変地異予言について)

再婚問題について

 先生がご再婚されました。
 地区の集まり(4名)では、女性人二名の方が、しばらくは、ショックであったと言っておりました。
その気持ちはよく分かるような気がしました。どのようにして納得しようかと私自身も少し悩みました。そう、少しだけです。これまで、こちらではショッキングなことが多すぎましたので、またかという感じでありました。この方を聞き、最初から、万歳という祝福の気持ちが沸き起こってきたのではなかったですね。

正直な方ですね。

 年の違いを気にするのは、根本的な問題ではないかもしれない。この思いはあります。再婚をするのは、肉体的欲望が原因であると考えるのは、私の下司の勘繰りかもしれません。あるいは、肉体的欲望が必ずしも悪ではないのかもしれないとも思います。お子様が将来誕生されるのでしょうか? そうなると、ギリシャ神話の神々のように自由な神ですね。

最近の総裁先生は、「聖なる愛欲経」とか言って、「新カーマ・スートラ」とかを説いていらっしゃいますからね。「一夫多妻」を容認するようなことも説いていらっしゃいました。
大川隆法という人は、とても言い訳が得意です。だからみんな騙されるんですが、とても頭の良い方だから、「ああ言えばこう言う」で、幾らでも言い訳できるんですよ。
しかし、当初から「一夫多妻」とかを説いていたならともかく、全部後出しですからね。以前は、「結婚相手というのは、天上界で約束してくる」と言っていました。「きっと二人は いつも恋人 いつも夫婦」とかいう歌詞も作詞していました。
ものは言い様で、「自由な神」と言えばそうでしょうが、普通は「ああ言えばこう言う」とか「支離滅裂」などと言います。
かつて大川隆法は「法を説くは師にあり、法を広めるは弟子にあり」と言いました。でも、これは正確ではありません。法を実践し、体現するのが師の仕事であり、その後ろ姿に従って生きるのが弟子の仕事です。自らの説く「仏法真理」を実践できない仏陀というのはあり得ません。「世間解」ということも説かれた仏陀が、何の理由もなく自ら進んで非常識な行動を取り、社会的不信用を勝ち取るような行為をすることもあり得ません。
教祖がこのような奔放な生き方をすると、信者はそれを見習います。結果として、不倫・不道徳が横行することになります。「教祖が離婚・再婚をしたのだから、私も見習ってそうしよう」ということになります。かくして、幸福の科学は家庭崩壊教となります。簡単な道理です。
大川隆法は、思想家や(自称)霊能者として生きていくならまだよいでしょう。仮に細木数子が離婚・再婚しようが、誰も気にしません。石原慎太郎に愛人や隠し子が居ても、そこまで責められたりはしません。加藤茶が46歳年下の人と結婚しても、誰も責めないし、寧ろ祝福します。しかし、これらの人は、多くの人が見習うべき「師」の立場に立つべき人ではありません。大川隆法も同様です。俗人として生きていくならよいが、自らを聖なる存在として、人を導く立場に立とうとしているから問題なのです。

天変地異問題について

 大川先生は、地震等の震災を起こしたりすることができるのでしょうか。もしできるのであれば、これを防ぐこともできる理屈になります。そのような方が、地震など発生を防がなかったとすれば、これは愛の神ではなくて罰を与える神となってしまいます。
 地震を起こしたりする神が先生(エル・カンタ-レ)ではなくて他の神であるすると、この他の神に生殺与奪の力が属しており、エル・カンタ-レと言えども自由にこの神の意思をまげることはできないという立場なのか、よく分かりません。
 このようなことを書くのは、「安部新総理」の霊言の180Pに、地震などの災害が天照様(他の神)の意志で起こされる風なことが書かれていたからです。これまでの私の宗教観では、地震などの発生は人間のカルマが飽和したときにあたかも雨が降るように自然の摂理、宇宙の法理で起こるという考えでありましたが(これは、若いときに読んだインド哲学の影響)、こちら幸福の科学に来てみると、人格神の作用で地震などは起こるということのようです。

  • 天変地異が起きるのは、人間の発する悪想念を振り払おうとする自浄作用であり、自然の摂理である
  • 天変地異が起きるのは、神々の怒りによるものである

この二つで戸惑っておられるようですが、私はこれは所謂「一水四見」の話であって、同じことのように思われます。
例えば、昔は、「死ぬと冥界には閻魔様がいて、善悪を裁き、悪い人間は地獄へ落とされ、善い人間は天国へ行くことができる」という説明がされていました。エジプトでも「オシリスの天秤」というものがありました。それが、現代的説明になると、「魂の比重があって、軽い人は天国へ昇り、執着まみれで重い人は地獄へ落ちていく」とか、「波長同通の法則により、自然と悪人は悪人で集まり、善人は善人で集まってそれぞれの世界を作りあげている」とかいうような説明がされたりします。
でも、それは結局、同じことを説明しているに過ぎません。ある現象について、人格神を介した方が分かりやすいのでそのように説明したというだけのことであり、どちらが正しいとかどちらが間違いとかいう話ではないように思います。
現代でも(主に同人の)創作の世界では、非生物の人格化というのは頻繁に行なわれています。「人格化」というのは、親しみやすいし、非常に分かりやすいのです。例えば、WindowsMeを擬人化した「Meたん」というのがブームになったことがありました。他にも、国を擬人化するというのは定番で、かつては「ニホンちゃん」とかがあり、現在では「ヘタリア」とかいうのが人気のようです。
地震の話に戻りますと、擬人化した説明と、擬人化しない説明とでは、どちらが正しいというものでもなく、同じことを別の角度から説明したに過ぎないと思います。
擬人化しなければ、

  • 人々の悪想念が溜まる→自浄作用で地震が起きる

となります。
擬人化すれば、

  • 人々の悪想念が溜まる→神々がそれに対して怒りを持ち、地震を起こす

となります。
どっちの説明でもそんなに変わらないと思います。(尤も、この場合の「神々」は「祟り神」になるでしょうけども。)
あと、「エル・カンターレが地震を止められるかどうか」ということですが、予言して散々煽っていた1999年のポール・シフトが起きなかった件については、「あれはわしが抑えた」(大意)という説明でしたので、天変地異ごときは簡単にコントロールできるのでしょう。「この大変なときに、呑気に結婚なんかして!」と思うような信者は、実はエル・カンターレを信じてはいないのです。言葉ではなく、行動を見て判断すべきです。
天照大神大川隆法)による恐怖の予言は、選挙のための方便だったと考えるのが自然です。そういうことが分かっている信者さんたち(恐らくガンブロ氏など)は、最初から全く触れていませんでした。そうやって、大川隆法の表面的な言葉から距離を置いておくことで、信者を長く続けることができるんですね。全部の言葉を真面目に受け止めていたら、キリが無いです。
エル・カンターレ信仰を長く続けるためには、言っている本人(=大川隆法)が本気かどうかとか、方便なのではないかとか、熱心に語っているけど実は単に演技しているだけではないかとか、そういったことを見極めることが重要かと思います。まあ、アンチの私がアドバイスするのも何なのですが。

「次にお前は『エル・カンターレの力で天変地異は鎮められました』と言う!」(ジョセフ風)

まあ、そうなるでしょう。何もない平和な日々も、この種のマッチポンプによって、世紀末の暗闇の世の中になってしまいます。
要は、「終末理論は机上の空論でしかない」ってことですよ。

追記1

ともともさん、ueyonabaruさんに伝えて下さり、有難うございます。

彼らのような一度幸福の科学の教えに触れ、信仰を手放しでしまった人達の特徴は、「不安で不安でたまらない」ということでしょう。 

なるほど、そう見えるんですね。
「信仰を手放してしまった」と書いておられますが、実際には、エル・カンターレ信仰(=祟り神信仰)を改め、正しい信仰の道に入っただけです。信ずれば家庭崩壊する邪神を崇めるのを止めただけです。
「不安で不安でたまらない」というのは、幸福の科学の信者の心の反映でしょうね。本気で「三千万人死ぬ」とかいう予言を信じていたら、そりゃあ、不安で不安でたまらないでしょう。信者さんたちは、すっかり邪神に誑かされてしまって、本当に可哀想です。

追記2

●不倫=悪

・天上界の約束(相手との)を破っている

・家庭ユートピア創りの妨害 →伴侶・子供の人生をも狂わせていく

・夫婦の愛

 →愛の練習をする為に、夫婦や肉親の愛を仏は許して下さっている



※「失楽園」により、光と闇のバランスが崩れてきている

 光に対し、闇が挑戦。この事に対し、無頓着ではいけない

 

※悪魔による『日本色情化計画』を打ち破る

なるほど。最後は「大川隆法による『幸福の科学色情化計画』」と言い換えるとよさそうです。