幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

FILE050:フリーアナウンサー白倉律子ブログ ♬read my voice ♪

サイト名
フリーアナウンサー白倉律子ブログ ♬read my voice ♪
URL
http://ameblo.jp/voiceofritsuko/
著者
白倉律子
性別
女性
血液型
誕生日
1月19日
開始日
2011年12月24日(旧ブログはもっと以前から)
関連サイト
http://djritsuko.jugem.jp/(旧ブログ)、http://tenshicall.blog41.fc2.com/(天使のモーニングコールスタッフブログ)、http://www.ustream.tv/channel/りつこにおまかせUstream
内容
日常系、時事問題など

「アルジェリア」関連で検索していて見かけたのでご紹介します。
言わずと知れた、「天使のモーニングコール」のDJをやっておられる白倉律子さん。私は初めて読んだのですが、ずっと以前からブログをやられていたようです。

アルジェリア問題について

父は生前、70年代後半からアルジェリアに単身赴任。

ということで、アルジェリアには色々とご縁があったようです。

ただ、今回のアルジェリア軍の作戦を、
人命を優先しない強硬な軍事作戦として非難する報道もあるけど、
私は個人的にはそんなに同意していません。


激しく哀しい歴史を経ており宗教も精神文化も違う国が、
その国なりの判断を下して行なったこと。
クリントン氏なども事前連絡しなかったことは非難していますが、
作戦そのものの否定はしていない。


このあたりの国際的認識の違いは知っておくべきだなと思いました。
アルジェリアに進出している日揮の人も覚悟の上で行っています。

この辺は大川総裁や他の信者の見解と同じ。でも、

どうか助かってほしいという想いで胸が締め付けられながら、
心から祈りながら、報道をみつめています。

最後のこの一文があるだけで、読者に与える印象は大きく違います。本心かどうかはともかく、被害者に対する配慮が感じられます。「世間解」というものがよく分かっている方だと思います。信者のみなさんや、他の幸福実現党員の方も参考にされたらいいと思います。

病気対処の方法

一言も「エル・カンターレ ヒーリング」とか「祈り」とか「信仰」とか「奇跡」とかが出てこないのが素晴らしいです。常識をよく弁えていらっしゃる。
下で紹介するUstreamでは「過去世の話とか宇宙人の話は好きではない」とも言っておられますし、そういったこととは距離を置いておられるようです。その辺が比較的常識的に見える点でしょう。

「独善的態度と上から目線」について

宗教が陥りやすい罠。
それは独善的態度と上から目線。


信仰を持つ人間として、
とても気をつけてきたことですが、時には自分だって陥ります。


自分が真理と確信できるものと出会った、その感激と喜びを、
「素直」に「純粋」に伝えられるなら、
そこに独善的態度は、現れないのでしょう。


しかし、教えの高みに酔いしれ、自分が既に悟った気になると、
周囲は、その「傲慢さ」に敏感に反応します。


他のすべてを否定し排除するような排他性も感じるでしょう。
カルトにも映るでしょう。


そう見せているのは、神じゃない。
人間のほうなのだ。
先に知った者に要求される態度は、厳しいのかもしれない。

この部分は、私は異論があります。
白倉さんの論は、問題点は把握していらっしゃるのですが、原因の考察が不足しているようです。
信じている「神」が間違っているから、判で押したように信者は皆、上から目線で独善的なのです。正しい「神」を信じていないからいけないのです。つまり、教祖が最澄親鸞を理解できないような傲慢な心性をしているから、弟子たちにもそれが伝染しているだけです。
白倉律子さんも、頭の良い方のようですが、「大川隆法は絶対」と思い込んでしまっているから、それ以上切り込むことができないようです。

私のモットーは
「自分を信じろ!そして、疑え!」。


だから、イデオロギーに揺らぎの余地をもたせています。
熱心な信仰者からすれば、異端に見えるでしょう。
純粋な信仰とは、自分を捨てまるごと受け入れる面もある
ということを、知ってもいます。

ふむ。これはいいと思います。

しかし、私はそうありたいが、そうはなれない。
マインドコントロールの怖さを熟知し、かつ伝道番組を担当してもいる私は、
ジャーナリスティックにものを考えるのも仕事の一つだ。

この人、本当に「熟知」しているんですかね。自称「熟知」なだけじゃないんでしょうか。

今年、何があるかわからない。
そんな脅しにもとれる声に、私はいちいち神経質に反応はしていない。
しかし、見えない魔の手のやり口を、鋭く見抜く智慧はほしい。
そして、何があっても、思うことやることは、同じだ。

「見えない魔の手のやり口」とか言ってる時点で、既にマインドコントロール下にあるわけですが……。

(この私がイッちゃってる?笑)

その通りです。
この方も、他の信者に比べると多少はまともに見えますが、大川隆法を信じてしまっているが為、やはり、少しおかしい所はあるようです。

天照大神』の本の読書感想文

読む前、内容について間接的にきいていた時点では、
正直、私の気持ちは非常に冷めていた。
冷めていたどころか、
「お怒りになるのは天照大神の勝手。
 主のお怒りではない。信者はすぐ騒ぐ」と
少なからず思っていた。

いえいえ、大川隆法の勝手なお怒りです。街宣動画と合わせてみれば、明らかです。「主のお怒りではない」というのは、あなたの想定している理想の「主」であり、現実の「主」である大川隆法の姿ではありません。
本物の天照大神は、決してお怒りになってはおられません。天変地異を起こしたり、国民を三千万人ぐらい消したい、などとは仰りません。大川隆法天照大神の名を騙って恐怖の予言を仕立て上げただけです。

そんな神まわりのことを
「信仰の大切さがわからない日本人」にそのまま伝えたって、
ますますカルト視されるだけだ。

「信仰の大切さがわからない日本人」という表現は、「日本人全員が信仰の大切さがわからない」という意味なのか、「日本人の中で、信仰の大切さがわからない人々」という意味なのか。
後者だとすれば意味は通りますが、それは少数派です。多くの日本人は、信仰の大切さは言わずとも分かっているので、この批判は当たっていません。分かっているから、おかしなことを言う宗教がカルト視されるだけです。

信者は、それはそれとして「自分への戒め」として受けとめ、
周りに「天変地異も、大事故も、神の怒りだ」などと言いふらすな、
言いふらさないまでも、
天照大御神と同じ「上から目線」で人と接するなよ、
と思っていた。

それは仕方ないです。弟子は師の後ろ姿を見て動くものですから。師の振る舞いが間違っているのだから、仕方ないです。
というか、この人、間接的に大川隆法批判をしたいのではないだろうか。それをしたいけれどできないから、仕方なく天照大神批判をしているだけなのかな、とも思った。

信仰観

信仰というものが、信じる者の思考を停止させ、盲目にさせるなら、
私は信仰など持ちたくない。


信じることで、それだけが真実となり、他は全部まちがいなのだ、
という排他を生むなら、私は信仰など持ちたくない。


信じることで、自由を失うなら、
私は信仰など持ちたくない。

こういう所を読むと、やはり、他の幸福の科学信者とは少し違うようです。

新興宗教へのアレルギーがあった私は、実はいまでも宗教に対して疑い深い。
痛い目に遭っているから余計だ。
それでも、神の存在、信じる心を、捨てることはなかった。


特定の宗教の番組を担当していても、いや、担当しているからこそ、
「偏見」「好意的な目」「静観」「傍観」など、すべての「目」を意識している。
それは私なりのプロとしての自分への厳しさでもあるし、
スタジオに入れば、おのずと「世間の想い」を感じるのが、
この仕事の不思議さでもある。

「実はいまでも宗教に対して疑い深い」という一文は、不穏な感じもします。

まとめ

全体的に、一度得てしまった「信仰」と、自らの良心の間で揺れ動いているようにも見えます。
やはり、他の妄信的信者とはスタンスが違うようなので(どちらかと言うと饗庭さん寄り)、ちょっと、この人の今後の動きに注目していきたいです。
その饗庭さん命名の「りつこにおまかせ」、「りつこの部屋」というのも始めたみたいですが(http://ameblo.jp/voiceofritsuko/entry-11426965381.html)、これもあまり目立ちすぎると大川総裁の嫉妬を買って「エリア5反田」みたいにお取り潰しになることは目に見えています。
まあ、アンチの私としては、逆にそうなることにも期待しつつ、応援したい所ではあります。