幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

【没落の法則】「邪教を信仰していると、その家の男性に支障が出ることが多いらしい」という噂など

書きたいことは色々あるのですが、順番に書いていきます。
ファイナル・ジャッジメント出演の宍戸錠さん宅が火事で全焼したとかいうニュースがあり、「また没落の法則か」と囁かれているようですが、それはさておき、

こちらの、まちこさんによる退会相談のスレッドの内容から抜粋です。
まず、本末天道さんのコメント。

私の地元でも活動会員が10人位しかいないのに、3人も脳梗塞になりました
1人はのちに亡くなりました
もう1人は最近の出来事で、活動会員の御主人が意識不明だそうです

ふむふむ。
それを受けてのまちこさんのお言葉はこちら。

邪教を信仰していると、その家の男性に支障が出ることが多いらしいです。
考えてみれば、うちの主人もうつ病になり大変だったし
地区のリーダーさん家庭も、2件立て続けに若いご主人が病死されたし
私が伝道してしまった方の家庭は、ご主人のDVで家庭崩壊(ご主人は熱烈会員)・・

「邪教を信仰していると、その家の男性に支障が出ることが多いらしい」というのは初耳でした。でも、私も思い当たる節が沢山あります。地元は富山ですが、そういう話を幾つか見聞きして知っています。

  • 大学で教員をされていた方が、突然飛び降り自殺をしたとかいう話。
  • 二十代か三十代ぐらいの好青年の活動会員さんが病気で亡くなった話。
  • 支部の配線関係をやっていた二十年来の会員さんが突然亡くなったという話。
  • 電車の上で遊んでいて、パンタグラフに触って感電死した信者の子供の話。

私がすぐに思い出せるのはこれぐらいですが、他にもいっぱいあったと思います。
会内で急逝される方は、みんなに慕われているような「いい人」から先に亡くなる、というパターンがあるように思います。有名な所では、景山民夫さんもそうだし、佐々木英信さんもそうでした。最近では林斉館長もそうでしたね。以前に当ブログで何度か取り上げたふろんてぃあさんのご主人も、若くして亡くなられたとか。*1
こういう場合、「魔にやられたのだ」と思われるのが一般的です。「本人が呼び込んだ」というより、「重要な役割を果たしていたから、魔に狙われたのだ」というような言い方がされることがよくあったように記憶しています。当時はそれで納得していましたが、今思えば、単なる言い訳に過ぎませんね。今は、「信者を魔の攻撃から護る力のない神様って、どうよ?」と思います。その人たちの信仰心が足りなかったのでしょうか?私にはそうは思われません。
更に急逝すると、色んなこじつけがされ、死の説明されます。「天上界での仕事があったのだ」というのが一般的でしょうか。「次に生まれ変わる予定があったのだ」と言われることもあります。とにかく、教団側にとって、都合の良い説明しかされません。
私には、「エル・カンターレは実は疫病神で、信ずる者は、次々と病魔や不幸に襲われるのだ」という説明が最も納得のいく説明です。
決して亡くなった方をバカにしたりとか笑い者にしようとしているわけではありません。アンチである私たちだって、一歩間違えば、そうなる可能性は充分にあったのですから。
亡くなられたご遺族の方には、心よりお悔やみ申し上げます。皆様が、一刻も早く、エル・カンターレの呪縛から解き放たれることを願っています。
彼らの尊い犠牲を無駄にしないためにも、引き続き、幸福の科学の信仰の危険性を世に知らしめていきたいと思います。

ちなみに

まちこさんの相談スレッドは、他にも参考になる箇所が幾つもあるので、是非、上記リンクから飛んで読んでみて下さい。(現時点では、iphoneではアクセス制限に引っ掛かって読めないようですが。)

2013/7/31追記

八戸支部の信者であった私の叔父(私の母の姉の夫)も、今年の五月頃に亡くなりました。ちなみに、KKにずっと反対していた私の父は、七十歳を過ぎても、ピンピンしています。

これが本物の信仰者の姿だと思った

クリスチャン・スイートピーさんの日記がやはり素晴らしいです。

前回の記事では、「自分の正直な思いを神様に聞いていただくのが癒しと快復に繋がる」という事を書きました。
1月26日の記事「向き合う事、努力する事、頑張る事」では、「自分を育てられるのは自分しかいない。医師やカウンセラーや支援者は手助けはしてくれるけど、助けを受けながら快復のために取り組むのは自分自身」という事を書きました。
この二つの事は、まったく別の事柄のように感じるかもしれないけど、繋がりがあるのではないかと私は思っています。
自分一人だけで、努力するのではなくて、神様の愛と力の中での主に見守られての、みての中での努力だと思います。


神様に自分の正直な気持ち、心の中にある怒りや悲しみ、愚痴、憎しみ、不満、罪責間、迷い、喪失感、恨み、惨めさ…、
そのような気持ちを神様に聞いていただき、またみことばの学びを通して、その中で御心への理解が深まっていき、励まされたり、慰められたり、教えられたり、冷静になれたり、自分自身をふりかえる事ができたりして、
「自分自身の心を成長させるための努力」ができるのだと思います。


快復への取り組みを始めるという事、課題と向き合うという事は、ただ自分が被害に遭った事を嘆いたり、理解されないと悲しんだり、自分はだめだと落ち込む事ではありません。
もちろん、悲しみや加害者への怒りや憎しみを神様に聞いていただくのはとても大切だし、カウンセラーや牧師に聞いてもらう事も大切。
被害に遭った事やそれが原因で喪失したものへの嘆きについて、受容してもらう事や共感も大切だと思います。


しかし、それと同時に、本人が自分の足りなさ、弱さ、反省する部分に気づき、それを認めて、変えていく努力をすることも大切だと思います。
自分自身に向き合う厳しさも必要だと思う。
そして、それができるためには神様からの励まし、周囲の人たちの祈りと支援が必要なのです。
神様からの励ましがあるから、リハビリを続け、課題に向き合い続けられるのだと思います。

いやあ、本当に素晴らしいですね。
私は、キリスト教の方との交流はないし、以前はキリスト教に対するイメージもそんなに良いものではなかったのですが、この人の日記を読んでいると、とてもいいなあと思います。幸福の科学信者の日記がいつも殺伐としていたり愚痴だらけだったりするのに比べ、この方の言葉は、非常に平和で優しさに満ちていて、とても癒されます。
苦労を重ねてきているのに、決して不幸な感じはしないですね。宗教の枠を超えて、信仰者の鑑のような方だと思います。
幸福の科学の信者の方々も、こういう方の後ろ姿に学びましょう。大川隆法の後ろ姿についていくと、他者に対して攻撃的になったり、自己顕示欲が強くなったり、妄想癖が強くなったり、ビッグマウスになったり、誇張癖が強くなったり、自信過剰になって上から目線になったり、被害妄想が強くなったり、自己正当化しかできなくなったり、傲慢になり反省ができなくなったりと、どんどん心が荒んでいき、碌なことがありません。
そうではなく、クリスチャン・スイートピーさんのような、心から尊敬できる、本物の信仰者の後ろ姿に学ぶべきです。私もそうするつもりです。

*1:ちなみに、最近アイマイミーさんのブログにも引用されましたが、ふろんてぃあさんに対する個人攻撃の意図はありません。幸福の科学信者一般の代表的な例として取り上げさせて戴きました。ふろんてぃあさん個人を責めるものではありません。