幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

大本信徒連合会の節分大祭に参加してきた

2月3日から4日午前にかけて、昨年末に続き、再び京都府綾部市を訪れ、節分大祭に参加してきました。
改めて説明しますと、綾部の大本教は、大本本部と、大本信徒連合会の二つに分裂しています。
規模としては大本本部側の方が大きく、「みろく殿」とか「長生殿」といった非常に立派な礼拝殿を備えています。逆に、大本本部から追い出された形の大本信徒連合会は、民家を改造したようなこぢんまりとした礼拝施設しかありません。

熊野新宮神社節分大祭

まず、午後一時半から、熊野新宮神社に附属の熊野新宮会館の二階で、出口孝樹さんによる特別講座が行なわれました。熊野新宮神社は、代々の出口家の産土神社だそうで、以前は出口榮二さん*1が宮司を務めておられたそうです。出口孝樹さんはその役割を引き継ぎこの神社の宮司となっておられるので、大本信徒連合会の節分大祭の行事の一つのようになっているようです。
午後三時から、熊野新宮神社の節分大祭が行なわれました。ここは、通常の神社本庁所属の神社なので、地元の方なども式典には参加しておられるようでした。礼拝のしかたも、普通に二礼二拍手一礼でした。
「例年は雪が降ったり積もったりしていて寒いんだけど、今年は晴れてよかった」というようなことも言われていました。そう言われても、私には寒く感じられましたが、確かに晴れ間が見えたりと、天候そのものは悪くなかったです。そうそう、私が家を出る前に見た予報では雨で、家を出て電車に乗った後に「しまった、傘を忘れた」ということに気付いたものの、結局、傘を使う必要はありませんでした。

愛善荘での節分大祭

四時半から本宮山遙拝祭が行なわれ、夕食後、六時半から愛善荘で大本節分大祭が行なわれました。
参列者はもうギッシリで、非常に活気がありました。とは言うものの、大半が六十代以上の老人であり、青年層は一割未満だったように思います。そのためか、何故か信徒でもない私が青年部代表として玉串奉奠をさせて戴くこともできました。
祝詞奏上などが一通り終わり、八時半から九時半まで約一時間の休憩。ここで、甘酒やうどんなどが振る舞われました。

驚嘆の人型大祓神事

九時半から、「人型大祓神事」というものが始まりました。全国から送られてきた一年の厄除用の「人型」を、神職の方たちが一つ一つ念いを込めて丁寧に読み上げ、壺の中に収めていきます。そのお役目の人は二十人ぐらいいて、手分けして一つ一つ読み上げ、壺に収めていきます。出口孝樹さんや、五代教主出口直子さん、六代教主出口春日さんもいらっしゃいました。
その他の参拝者たちも、その作業をただ見ているのではなく、「神言」という祝詞を延々と繰り返して誦げていました。
私は「いつまで続くのだろう」と思って見守っていましたが、三十分経っても終わる気配がありません。私は飽きて疲れて、そわそわしてきました。一時間経ち、残りはどれぐらいかと思って少し横から覗いてみた所、「人型」の積み上がった束が一向に減る気配が見えないのを見て、私は諦めて、宿泊所へ行き、休むことにしました。
後で聞いたところによると、十二時過ぎまで行なわれていたそうです。私は、本当に凄い精神力だ、と思いました。三時間もの間、念いを込めながら「人型」を読みあげ続けたり、祝詞を上げ続けたりするのは、体力も精神力も、並大抵のことではできません。ただただ驚嘆するばかりです。殆どの参加者は、途中退出することなかったようです。ここでも本物の信仰者の姿を垣間見たような気がしました。
人型読み上げ終了後には、豆撒きもあったようです。大本では、「福は内、オニも内」と言うのだとか。
次回、参加する機会があれば、豆撒きまで何とか残っていたいと思います。
facebookの公式ページでその時の写真がUPされています。

私が最も印象的だったのは、初めて生で見た春日さんが、非常に神々しかったことです。写真でも少しは伝わるでしょうか。
ちなみに、附属の宿泊施設「望仙館」の宿泊代は千円、熊野新宮会館の場合は五百円でした。(幸福の科学と比べて、なんと良心的!と思いました)

「人型流し」の神事

翌4日、朝の礼拝と朝食を済ませた後、バスに分乗して舞鶴東港まで行き、船に乗り換え、(大本の聖地の一つである)冠島・沓島の見える位置まで行き、「人型流し」の神事が行なわれました。
地図で示すと、

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こんな感じです。船で、緑の矢印の場所辺りまで行きました。そこから更に北東方向に、冠島・沓島がうっすらと見えました。
イベントとしては以上で終わりでしたが、今回は、色々な人との出会いがあり、道中や帰り途など、色々とお話しができて、とても楽しく有意義でした。

出会った人たち

今回も、貴重な出会いが幾つもありました。

出口春日さん

出口王仁三郎の玄孫(孫の孫)に当たる方で、写真で見て分かるように、とても美しい方です。それでいて、二男二女の母でもあり、まだ二歳に満たない赤ちゃん(朋佳ちゃん)も一緒に連れてきていました。
人型流しの船に乗ったとき、出口孝樹さんが朋佳ちゃんをだっこして一番左端に座りました。私は孝樹さんとお話(鎌田東二さんの本についてなど)をするために、その右隣に座ったのですが、更に私の右隣に、何と、出口春日さんが座って下さりました。両サイドを高貴な方に囲まれて、本当に恐悦至極で、僥倖の極みの体験でした。
春日さんは、遠くから見ていると、神々しくて近寄りがたい感じもしたのですが、実際に話してみると、とても気さくでフレンドリーな性格の方でした。偉ぶった所は全くなくて、子供のような無邪気さと、お母さんのような優しさを併せ持ったような方で、初めて参加した未信徒の私にも分け隔てなく接して下さり、しかもとても自然な振る舞いで、何と言うか、「みんなのお母さん」というようなイメージでした。老子の言った「玄牝」とかユングの言った「Great Mother」を感じさせる人でした。
お話をしていて、春日さんは、鎌田東二さんと同じく、非常に「超宗教」の思いが強いということが分かりました。一宗一派には執われていない。これは言葉で言うのは簡単ですが、本当に執われていない様子が窺えました。実際に、各地で超宗教的イベントに参加したり、自ら企画して実行したりしているようでした(後述)。*2

涼宮ハルヒのモデル説を本人に聞いてみた

この出口春日さんのことを、「涼宮ハルヒのモデルではないか」と言っている方もいたりします(『涼宮ハルヒ』のモデルは出口王仁三郎の玄孫『出口春日(ハルヒ)』!? - 年下研究参照)。私も気になっていたので、思い切ってそのことを直接ご本人に訊いてみました。
すると、少しニッコリされて、「そういう噂もあるようですね。(手で文庫本のサイズを示しながら)こういう小さい本を送って下さった方もいて……」
「どうでしたか?」
「うーん……」
「……あまりピンとこない感じですか」
「そうですね~」
「ふむ」
というような感じで、その辺は疎いようでした。
でも、私が思うに、先述のように春日さんは非常に魅力的な方で、やはり、これからの時代のスピリチュアル・リーダーのお一人として、益々ご活躍されていくことでしょう。もっと、「涼宮ハルヒのモデル!?と噂の出口春日さん」とか言って宣伝すれば、若い人をもっと沢山集めることもできるのでは、と思ったりもします。でも、大本の人たちは、そういう商売っ気は全くないんですよね。まあ、そこがいい所でもあるんですが。

未信徒なのに参加している謎の集団

節分大祭に参加しているのは大半が老人たちで、男性は式典なのでスーツに身を包み、女性もそれなりの恰好をされていました。そんな中、民族衣装のようなものに身を包んだ、比較的若い年齢層の謎の集団も参加していました。
そのうちの一人が私に話し掛けてきて、初めはお互いが相手を大本信徒の人だと思って話をしていたところ、「えっ」「えっ、未信徒なんですか」「はい、私は一ヶ月ぐらい前に初めてこちらに来て……」「僕も二週間前に来たんですよ。前はコピ・インディアンの部族にいましてね。その前はペルーに行きたくて、アメリカに渡ったんですが……」というようなお話をされて、「信徒ではないのに、どのようなご縁でこちらに来たのですか」と訊くと、どうやら、かの地で断食瞑想修行的な儀式をしている最中に、「京都に行け」というようなインスピレーションを受け、帰国後、大阪の何とか公園(失念)で春日さんや櫛田さん(後述)と出会い、綾部に来ることになったとか。
どうも、他の人たちのお話を伺っていると、みんな不思議なご縁によって、色々な人が何かに導かれるように綾部に引き寄せられて来ているようです。
最近、綾部のお隣の福知山に越してきたという別の男性からは、「今日はオニドの飯塚弘明さんも、そっちの本部の方にツアーで来てるんですよ」というお話も聞きました。その方によれば、末端の信徒たちは、大本の分裂は然程意に介せず、どちらにも出入りしていたりするようです。(飯塚弘明さんは、今回は本部の方の節分大祭に参加されたようですが、出口孝樹さんと一緒に霊界物語の漫画化をしていたりします〔飯塚弘明プロフィール - 【オニド】 王仁三郎ドット・ジェイピー参照〕。)

「ゐやびのまつり」主催者の櫛田寒平さん

その「謎の集団」の中の主要メンバーの一人と思しき方ともお話しすることができました。
櫛田寒平さんという方で、「ゐやびのまつり(http://www.iyabi.jp/)」という「生命の尊さ」や「感謝」をテーマにした超宗教のイベントを主催されている方で、歌手でもあったりします。
この方も未信徒なのに大本信徒連合会を応援している人で、私が「このメンバーはどういう集まりなんですか。大本とはどういう関係なんですか。名前とかはあるんですか」などと訊くと、「いや、みんな信徒ではなくて、勝手に応援団というかね。……別に組織とかはなくて、何となく集まってやってる感じなんだ」というようなことでした。この人たちは、自由すぎて、全く摑み所がありません(笑)。櫛田さんは、ちょうど一年ぐらい前に東京から綾部に越してきて、この一年間は「ゐやびのまつり」のイベントの企画や実行などを行なわれていたようです。
「どういう切っ掛けで大本信徒連合会と関わりを持つようになったのですか」と訊くと、元々、出口春日さんのお父様である出口信一さん(故人)が推進しておられた超宗教的イベント(walk9など)に参加して、そういう所から大本信徒連合会側との関係を深めていかれたようでした。
出口信一さんについては、私は全く存じ上げませんが、色々とググってみたところ、

素晴らしい人格者であり知恵者であり、大本宣伝使として活躍されながらも垣根を作らないオープンな人柄で、ほんとうに広い交流をお持ちで、多くの事を教えていただきました。

こういう記述があったりしました。春日さんを見ると、「垣根を作らないオープンな人柄で、ほんとうに広い交流をお持ちで」という辺りは大体相応がつきます。出口春日さんのフレンドリーな性格も、恐らくお父様譲りなのでしょう。

「分裂した方が却って大きく広がる」説

昨年末、大本本部の方の「大道場修行」に参加した際は、若い人の割合が高く、あちらは順調に世代交代が進んでいるのかな、という風に思いました。あちらは二世・三世だけでなく、四世・五世の世界です。
一方、大本信徒連合会の方は、どう見てもお年寄りばかりで、若い人の割合は非常に少なかったです。でも、何故か(私も含めて)未信徒の若者が集まるという不思議な現象が起きていました。
この現象を見るに、分裂して小さくなった側の方が、却って宗教の枠を超えて大きく広がる可能性があるのでは、という仮説が考えられます。喩えて言えば、……なんでしょうか。うまい比喩が見つかりませんが……。
まあ、例えば、私なども、幸福の科学を退会したことにより、仰木の里の人や、綾部の人など、幸福の科学の信者を続けていたら絶対に交流することの無かった人たちと交流できるようになりました。
私が以前思っていたのは、「『万教帰一』を主張している筈の宗教が、次々と分裂していって、当初の理想に反してどんどん狭く小さくなっていくのは残念だ」ということでした。
でも、id:gurenekoさんの日記(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20130124/1359037121)を読み、考えを改めつつありました。そこへ今回の未信徒集団が集まる大本信徒連合会の姿を見て、また一歩、確信に近づきました。
つまり、「諸宗教の統一」というのは、「逆に考えるんだ。分裂しちゃってもいいさ、と考えるんだ(ジョージ・ジョースター卿風)」という逆転の発想で、分裂の果てにある「超宗教」という発想により為されるのではないか、ということです。
このことは、また日を改めて、じっくりと考察してみたいと思います。

おわりに

綾部は不思議な土地で、本当に続々と書道家やら絵描きさんやら音楽家やら歌い手さんやら、自然を愛する芸術家の方々が続々と移住して来られているようです。綾部の地に、新しいコミュニティが生まれようとしているのを感じました。正体不明の謎の引力が綾部にはあるようです。
帰りには、櫛田さんたちに連れられて「竹松うどん店(http://mensoule.seesaa.net/)」という、うどんの全国大会で優勝したこともある(らしい)お店でおいしい讃岐うどんを食べて帰りました。
綾部には、これからも機会を見て訪れてみるつもりです。私も、もし生活の糧が得られるのであれば、綾部に移住したい気持ちも湧いていました。関係者の皆様、本当に有難うございました。

*1:第四代教主直美さんの夫。この人が大本本部から追われたことを切っ掛けに、第三次大本事件が起き、大本本部と大本信徒連合会が分裂した

*2:幸福の科学信者は、「幸福の科学」に拘りすぎなのです。逆説的ですが、人類の幸福のため・宗教間争いの解決のために、幸福の科学を捨てるという選択肢を考えることが出来ない時点で、幸福の科学に未来はありません。「自分のところの教えが一番優れていて、自分のところの教えで全宗教を統一するのだ」というやり方で各宗教が統一されることは絶対にありません。それは、出口王仁三郎以下、日本の新宗教の歴史が証明しています