幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

関谷晧元さんにお会いしてきた(追記あり)

関谷晧元とは誰か

知っている人には説明するまでもないでしょうが、知らない人は全く知らないでしょうから、私から簡単にご紹介します。
関谷晧元さんというのは、1986年の幸福の科学立ち上げの頃の中心メンバーの一人でした。しかし、約三年後、大川隆法の独裁的なやり方に反撥し、幸福の科学から離脱。
その後、1993年に『虚業教団』という告発本を書きました。幸福の科学からすぐさま訴えられたものの、関谷さんは裁判でも勝利しました。幸福の科学側からは『現代のユダを斬る』という本の中で「悪魔」呼ばわりされ、『虚業教団』は幸福の科学内部では禁書扱いで「信者が読んではいけない本」とされていました。(今でもまともに読んだことのない方は少なくないと思います。)
ちなみに、幸福の科学は1994年に「方便の時代は終わった」と称して大々的な教義変更を行いましたが、それも関谷さんの『虚業教団』を受けてのことであろうということでした。それほどまで、この『虚業教団』の衝撃は大きいものだったようです。
関谷さんは、その後、「レムリア・ルネッサンス」の立ち上げに関わったものの、ここでもやがて運営のやり方等に疑問を感じて離脱されたということでした。それが十年ほど前のことで、「現在どうしているのか?」ということは、よく知られていない所でした。
以下、関谷さんを知るのに参考になりそうなサイトを挙げておきます。

下の方は公式の自己紹介です。上げられている近影を見ても、どういう人かはひと目で分かりますし、

特に宗教に一度は近づいたものの、熱心な活動の結果、かえって心に傷つくような経験をした方々の少なくないのを見ると、まことに心痛を覚えます。

このような言葉にも、関谷さんのお人柄がよく現れていると思います。

二日前、初めて電話で話したときのこと

関谷さんとは、二日前に、初めて電話でお話をしました。初めは少し警戒されていた様子でしたが、
「私は1991年頃から入会し、二世信者として二十年ほどやってきたのですが、色々と疑問を感じ、2011年末に退会しました。その時、退会の決め手の一つとなったのが関谷さんの『虚業教団』でして、特に『愛なき教団だから愛を説くのか』という言葉に、非常に共感しました。実は私も同じような体験をしまして、『そうか、二十年以上前からそうだったのか』と分かり、退会を決意しました」
というようなことを私が述べると、「ああ、そうでしたか」と、優しい感じでお答え下さり、じゃあ明後日会いましょう、楽しみにしています、ということになりました。

第一印象など

都内の某駅で午前十一時に待ち合わせ、初めてお目に掛かりました。
会う前は「告発本を書くぐらいだから、厳しい方なのではないか」と思っていたのですが、第一印象はその反対で「穏やかで優しそうな方だ」という印象でした。
年齢は76歳だそうですが、背筋もスッとしていて、非常に元気で若々しかったです。ジャケットを着てジーンズを履きこなし、お洒落でダンディな老紳士、という感じでした。
とりあえず近くのカフェに入り、お話しをすることになりました。
最近の幸福の科学については、殆ど知らないようで、もうすっかり別の人生を歩んでおられるようでした。幸福の科学を止めてから間もなく、ダンスを始められて、それからダンスの先生になったとか。

ご家族について

虚業教団』に書かれていたところでは、結婚して娘もいたのだけど、大川隆法の「神託」により、離婚を急かされ、中原(仮名)という人と結婚。やがて、二人とも幸福の科学に疑問を感じて退会し、離婚をした、という辺りまで書かれていました。
その後の話を聞くと、中原(仮名)さんとは、今でも仲良くやっていて、連絡を取り合っているとのこと。関谷さんのブログのトップページの写真は、中原(仮名)さんの撮影したものだそうです。
関谷さん自身は、その後、ダンス教室で知り合った女性と再婚されたとか。
また、前の奥さんは既に亡くなったそうですが、その時の娘さんとは、今でも連絡を取り合っているようで、私と話をしている最中にも、娘さんから電話が掛かってきていました。

大川隆法氏と幸福の科学に対する思い

「大川さんともまた会って話してみたいねえ」とも言っておられました。
私が「離婚させられ、望まない結婚もさせられ、人生を滅茶苦茶にされたのに、恨んだりはしていないのですか」と訊くと、「いや、全然ないよ。あちらは裁判でも結局出て来なかったし、逃げ回っているようだけど……」とのこと。「関谷さんとしては、いつでもウェルカムという感じですか?」と訊くと「そうだねえ」と、終始ニコニコして、大川隆法氏に対しては、本当に何のわだかまりもないようでした。
幸福の科学のことは、もう遠い思い出のようで、「当時は大変だったけど、いい経験をした」という感じでした。「(幸福の科学に居たときのことは)戦争に行って帰ってきたような、そんな感じ」とも言っておられました。

小澤利夫さんについて

小澤利夫さんの話題も出ました。小澤さんは、関谷さんが『虚業教団』を書いた頃はまだ幸福の科学教団側にいて、関谷さんと対立する立場でしたが、その数年後、退会した方です。
更にその後、2000年代になってから、関谷さんが沖縄での幸福の科学退会者の集まりに呼ばれたとき、たまたま小澤さんも呼ばれていて、久しぶりに顔を合わせたそうです。お互い、呼ばれていることを知らず、小澤さんは決まりの悪そうな感じで、当時のことを関谷さんに弁解していたそうです。
小澤利夫さんについて、もう少し詳しく述べると、元創価学会の幹部で、創価学会を辞めた後に十幾つかの宗教遍歴をし、最終的に幸福の科学へ来て長年理事長を務めたものの、やがて退会。現在はキリスト教をやっているそうです。

この辺で近況を知ることができます。お元気そうで何よりです。

関谷さんのお宅にお邪魔することに

お話を伺っていると、最近、お引越しをされたそうで、でもまだテレビやPCの配線等ができていないとかで、「やってくれる?」と言われたので、「ええ、喜んで。今からでもいいですか?」という話になり、一緒に関谷さんのお宅(というか執筆のための仕事場)に行ってきました。
テレビの配線とMac(mini)の配線を済ませ、動作も確認。「こっちの前に使っていたノートPCの調子もおかしいんだよ」というので、そちらも見させて貰いましたが、そちらも問題なく動作しました。
「知り合いが『Macが使いやすいから』というので、持ってきてくれたのはいいんだけどね……」という感じで、どうも、その人は関谷さんにMacを薦めたのはいいものの、急に忙しくなり、サポートに来られなくなったようです。

マカーのゴリ押しについて(余談なので読み飛ばして下さい)

幾らMacが良いからと言って、長年WindowsPCに慣れた老人に対し、Macを強引に押し付けるのは、なかなか厳しいのではないかと思います。この件に限らず、マカーのゴリ押しは目に余るものがあります。ちゃんと使いこなせるようになるまでサポートするならまだしも、放置プレイはよくないです。
と言いつつ、私もやったことがあったりするので他人のことは言えないのですが……。私は「老人の脳の活性化のためには、新しい刺激も必要なんや!」ということで、相手に言い訳をし、自分自身にも言い訳をしました。……しかし、きっと、こうしてMacを使えるようにセッティングをすることになったのも、浅からぬ因縁によるものであり、巡り廻ってきた私自身の「業の刈り取り」なのでしょう。良い反省の機会を与えられた気分です。

真実の探究者

関谷さんは、終始、穏やかで、ニコニコされていました。とても感じの良い方でした。
それでいて、静かに内に秘めたものもあるようでした。三十年以上、ずっと「本物」を探し続けてきて、今も探し続けているのだ、という風に見えました。
真実の探究者であるから、「嘘を吐く」ということや「誤魔化し」や「偽物」を嫌い、だから幸福の科学からも離れることになったし、レムリアからも離れることになったのでしょう。
高橋信次の話題になったとき(関谷さんは「信次先生」と呼んでいて、私は「高橋信次」と呼び捨てにしていましたが、関谷さんはそういうことについて気にする素振りはありませんでした)、私が
高橋信次の言葉で印象に残っている言葉は二つあります。一つは『人につかず、組織につかず、法につけ』と言われたことで、もう一つは『無理に信じる必要はない。疑って、疑って、疑う余地が無くなったら信ずればよい』と言われたことです。この二つは、やはり正しい真理だったと思います」
ということを言いました。更に、
大川隆法は、1994年に『方便の時代は終わった』と言って、高橋信次を否定し、それらの言葉まで全部否定してしまった。真理を否定し、個人崇拝に持っていったので、そこで決定的に間違った方向へ進むことになったのではないかと思います」
ということを述べました。
関谷さんは、「私は信次先生は本物だと思った。でも、もっと、『本物の本物』があるのではないかということも思っていた」ということを仰られまして、三十年来の探究の末、ついに「本物の本物」を見つけられたということでした。
それが、関谷さんのサイトでも紹介されている、

この「マハラジ」という方だそうで、非常に熱心に勧めて下さいました。私も詳しくは分からないので、ここでは「関谷さんが非常に熱心に勧めていた」という事実だけをお伝えしておきます。
私も「これから勉強してみます」とはお返事しました。私としては、とりあえず保留で、機会を見て学んでいきたいと思っています。
話を聞いた限りでは、これは宗教団体というわけではなく、やはり、「超宗教」の一つの動きだという風に私は理解しました。関谷さんは、現在、マハラジさんを紹介するための本を執筆しているそうです。

終わりに

結局、四、五時間ぐらいは関谷さんと一緒に居たでしょうか。終始穏やかで、非常に居心地は良かったです。「今日のことをブログに書いてもいいですか」と訊いたら、「いいですよ」と快諾して下さいました。
幸福の科学教団から「ルシファー」とか「悪魔」呼ばわりされ(『現代のユダを斬る』参照)、会内で「禁書」扱いされた『虚業教団』という本を書いた人物がその後どうなったかをご紹介するのが、今回の記事の目的の一つでした。
関谷さんは、現在、心境も穏やかで、幸福な人生を歩んでおられました。また、真実を求める気持ちが非常に強い方で、未だにその情熱は全く衰えていないということも感じました。
一時期、幸福の科学大川隆法やレムリアのアマーリエを「本物か」と思い、その期待を裏切られたこともあっても、それでも失望することなく、諦めずに「本物」を求め続けている。そして、それを多くの人に知ってもらおうとしている。
私には、関谷さんがそういう人に見えました。
私の言葉で関谷さんの人柄や魅力は伝わるでしょうか。
私は、このブログで縷々幸福の科学批判をしてきていますが、関谷さんは、一度たりとも悪く言うことはありませんでした。レムリアのことも悪く言うことはありませんでした。この人こそ、「不悪口」の体現者だと思いました(大川隆法とは正反対!)。どう見ても「悪魔」でも「ユダ」でもありませんでした。
「誰でもウェルカム」と言っていたので、信者でもアンチでも一般の方でもマカーの方でも、連絡を取り、会って話をしてみたらいいと思います。

虚業教団』について

web上で公開されているものについて、「誤字が多いのが気になるんですが」と訊いてみたところ、関谷さんは全く関知していないようでした。誰か知らない人が勝手に公開していたようです。
「じゃあ、私が修正して公開してもいいですか」と訊くと、これまた「いいよ」と快諾。『虚業教団』の書籍もお借りすることができましたので、また近日中に誤字修正版をどこかにアップさせて戴くつもりです。

追記

獏論さんから、この記事に関するコメントをいただきました。

web上で出回っている誤字の多い『虚業教団』に関する詳しい経緯などを説明して下さっています。私が問題に思っていたのは、「幸福の科学 その実態」というサイトの版でした。検索するとそこが上位にヒットするし、てっきりそこが関谷さん公認なのかと思っていて、関谷さん本人に訊いてしまったのでした。
誤字を訂正した「獏論版」があるとのこと、私も今回初めて知りました。

既にこういう素晴らしいお仕事をされていたのですね。これがあれば十分すぎます。有難うございます。
参考としてリンクされていた

こちらの記事も、非常に参考になりました。

裁判を振りかえって関谷氏が言う。「教団に疑問を持ったのは、本を読んだ知識ばかりで、実践による智慧がないことでした。理論は時として好戦的になりがちです。実践の方が貴く、例えば、この裁判に費やしたエネルギーを考えれば、私も教団もマザー・テレサの真似事くらいは実践出来たはずなのに」

「本を読んだ知識ばかりで、実践による智慧がない」という辺りは、幸福の科学の本質を突いた、鋭い批評だと思います。創立以来、現在に至るまで、その点だけは全くブレていません。