幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

不思議な感覚

関谷さんにお会いしてから、世の中の見え方が変わった。全て、あるがままで、善いもののように思えてきた。
擦れ違う人がみな、愛おしく感じるようになった。喩えて言えば、公園の猫や鳩たちを見るときのような感じである。猫や鳩に対しては、何の悪意も感じないし、ただただ見ているだけで平和を感じ、癒される。それと同じように、人間というものも全てあるがままで美しく見えるようになった。
何か関谷さんから特別なことを教わったわけではない。関谷さんから常人離れしたオーラを感じたわけでもない。ごく普通の老紳士だった。でも、話しただけで、何かしらの感化を受けたのではないかと思う。
人はどうして人を嫌いになるのだろう。人はどうして人を害しようと思うようになるのだろう。人はどうして人に対して嫉妬したり、敵愾心を持ったりするのだろう。人はどうして人との間に壁を作ろうとするのだろう。人はどうして人から害されると思うようになるのだろう。人はどうして人を信用できなくなるのだろう。人はどうして人を見下したりするようになるのだろう。人はどうして人から見下されることを恐れるようになるのだろう。
そういう嫌な感覚が、全て自然と消えてしまった。
目に映るもの、全てが美しく見える、不思議な感覚。この感覚も、数日経てば、消えてしまうものかも知れない。

追記

人はもともと、全ての人を信頼するようにできているし、全ての人を好きになるようにできているのだと思う。それは赤ん坊を見ていれば分かる。
しかし、成長するにつれ、人を差別するようになり、イジメとかが起きてきたりする。害し害され、心は傷つき、防衛のための障壁を作っていく。
善悪とか美醜とか、そういうことで人は人を差別するようになる。
老子が「学を絶てば憂ひなし」とか「嬰児に復帰す」とか言ったのは、きっと、そういうことなんだよなあ。