幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

お布施返還訴訟について思うこと

裁判はまだ続いていて、判決は出ていないようですが、

  • そもそも訴訟になる前に、お布施の返還を求められたら返してあげたらいいのに

と思うのです。

「三輪清浄」という観点

布施返還希望者は、大川隆法の不品行を咎め、「これは受者の汚れであるから、三輪清浄が成立していない」と主張しています。
逆に、教団側から見ても、「お布施を返還するような元信者は、施者の汚れに当たるから、三輪清浄は成立しない」と言えるとも思います。
いずれにせよ、三輪清浄ではないので、お布施は成立しません。法律的にどうかは分かりませんが、宗教的には成立しません。
幸福の科学大川隆法の考え方は、「貰ったものは絶対に返さない」という考えでしかありません。何が「与える愛」でしょうか。「与えきりの愛」ではなく、「貰いきりの金」です。

まともな宗教の場合

まともな宗教者であったなら、お布施の返還を求められたら、素直に応じるでしょう。「お布施の返還を求められたのは、私の不徳の致すところである」と言って、求められるままに応じるのがまともな宗教者の姿であると私は思います。
それの返還の求めが仮に言いがかりに近いものであったとしても、そのまま返還するのが宗教者のあるべき姿ではないでしょうか。
尤も、そのように素直に反省できるような宗教者に対し、お布施の返還を求める信者もいないだろうとも思いますが。

まとめ

元信者からお布施の返還を求められること自体、おかしな宗教であることの証明の一つであるし、それに応じずに裁判沙汰にしてしまうのも、おかしな宗教であることの証明です。
幸福の科学の言う「与える愛」というのは、信者にだけ課せられた行動指針であり、実際に教団がしていることは、信者からの一方的な収奪です。「お布施は仏国土ユートピア建設のために使われている」と言いますが、果たして本当でしょうか。
衆院選での何億円、何十億円という出費は、本当に必要なものだったのでしょうか。
幸福の科学学園関西校の建設でも、数十億円が使われました。現在の倍率は非公表ですが、三年前、那須校だけだったときに公表された倍率は1.6倍でした。それから更に信者が減っている現在、関西校まで作って定員を倍に増やせば、定員割れするのは当たり前です。(右足を出して左足を出せば歩けるぐらい当たり前です。)
しかも、地元の住民からは蛇蝎のごとく嫌われて、「与える愛」どころか、迷惑と困惑と不調和を与えています。これが幸福の科学の目指すユートピアの姿なのでしょうか。
定員割れして、地元の住民に多大な迷惑をかけてまで推進すべきものが、幸福の科学のユートピアなのでしょうか。
その結果、教団内にユートピアができているならまだしも、前回の日記で紹介したように、各支部内に起きているのは地獄的様相です。他にも、過去にこのブログで紹介してきたように、信者の家庭は軒並み崩壊し、教祖以下、離婚する信者も多く、心に葛藤を抱えたまま病気になり若死にしてしまう信者も多数います。精神病患者は幸福の科学に集って更に症状を悪化させ、電波を発信し、周囲の人や世間に迷惑をかけ続けています。
これが幸福の科学の目指すユートピアであるとするなら、それは天地がひっくり返っていると言わざるを得ません。大川隆法ルシフェルその人ではないか、と言われる所以です。