幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

信者がどうして具体的な反論ができないか、考察してみた

アンチブログが次々にブログ村の幸福の科学カテゴリに登録されたことを切っ掛けに、それに刺激されたのか、信者の方々が、各ブログやそのコメント欄で、アンチに対して色々なことを言っています。しかし、どれも的外れで、アンチの立場をよく把握しておられないようなので、私の方で少し考察してみます。

こちらの日記なども参考になります。

信者の立場の再確認

大川隆法について

大川隆法総裁先生は、大宇宙の根本仏と直結している地球神(神々の主)エル・カンターレの下生した存在である。前世は仏陀であり、地球で最も尊い存在である。しかも、エル・カンターレの本体部分が生まれるのは一億五千万年ぶり、地球に人類が誕生して以来、三度目の非常に稀有な機会である。
大川隆法総裁先生は、今世、仏陀と救世主を合わせ持った使命を持って生まれてきている。肉体を持った存在とは言え、言っていることに間違いはない。総裁先生の言葉は絶対的正義であり、総裁先生の言葉の上に未来は創られていく。
現時点で、世界最高の悟りを持ったお方であり、世界最高のサイキック(神通力保持者)でもあり、世界中の人々が総裁先生の元に集うことによって、地球規模でのユートピアが完成するのである。

幸福の科学について

幸福の科学教団は、総裁先生を信じ、その教えを信じ、その教えを学び、実践し、広めることにより、ユートピアを創らんとする団体である。これは光の団体であり、絶対的正義を行っている。
他の宗教団体は、地獄的なものか、もしくは天国的なものであっても、幸福の科学よりは遙かにレベルが低い。だから、他の宗教の信者も、幸福の科学の教えを学ぶことで、幸福になることができる。

幸福の科学の信者について

幸福の科学の信者は、エル・カンターレが神であることを知っている、選ばれし人間たちである。光の天使、または光の天使の候補生たちであり、世の中をユートピアに変えようと日々精進している者である。
と、こんな感じでしょうか。
信者によっても、程度の差はあるでしょう。「総裁先生も、肉体を持った存在だから、間違うことはある」と考える人もいれば、「いや、総裁先生はエル・カンターレであるから、肉体を持ったとしても、その言葉は絶対である」と考える人もいるだろうと思います。
教団については、「三宝帰依」で僧団に対する帰依が含まれているとは言え、教団のやり方について、全肯定をしている信者の方は少なくないと思います。幸福実現党になると、更に不満は多く、信者ブログでも公然と党運営について批判している場合もあります。
まあ、信者によって微妙な違いはあれ、「大川隆法が救世主的存在である」ということが幸福の科学の運動の大前提となっています。

大川隆法が救世主的存在である」ということを真っ向から否定するアンチの立場

それに対し、その大前提を否定しているのがアンチです。大川隆法は救世主的存在ではなく、ただのビッグマウスの宗教詐欺師である、とアンチは言います。
アンチは、ただ大川隆法を否定するだけでなく、具体的な例を示しながら批判します。
以下、幾つかその例を挙げてみます。

霊言能力に関する疑義

「再誕の仏陀」や「神々の主」であることの根拠の一つに、「地球上(または大宇宙)降ろせない霊はいない」

野田総理守護霊が解散時期を知らなかったという例
http://honnmatu.seesaa.net/article/304668565.html
菊池寛の霊言のカンペ事件
http://dailycult.blogspot.jp/2012/07/blog-post_25.html
内村鑑三の霊言の致命的ミス
http://hs7jittai7info.blog.fc2.com/blog-entry-10.html

その他、古代マガダ語やウンモ星人語は喋れるのに、現代韓国語やアラビア語は何故か喋れなかったりと、客観的に見て不可解な疑問は尽きません。
また、霊言能力と関連して、度重なる過去世認定の変更もありますし、予言の的中率の低さもあります。アンチは、そういうことについて、「観自在力を持っている筈の再誕の仏陀である大川隆法が、どうしてこうもコロコロ過去世認定を変えたりするのか?どうして予言が全然当たらないのか?」ということを疑問に思い、大川隆法は偽物であると考えています。
実は、信者も、内心、そのような疑問を抱えていたりします。でも、「疑は六大煩悩の一つ。悪魔の惑わしである」、「主には何か深いお考えがあるのだ」として、疑問を心の中に抑圧します。そのためのストレスは、かなりきついだろうと思います。内心はかなり荒んでいるようで、そのストレスの捌け口はアンチに向けるしかないのでしょうが、アンチを口汚く罵る信者たちを見ていると、相当苦しいんだろうなあ、と思います。幾らそうやって憂さ晴らしをしても、根本的解決にはならないでしょう。

言行不一致に関する疑義

教えとしては、いいことを言っている、というのはアンチも認めている所です。でも、教祖も教団も、言っていることとやっていることが違い過ぎます。
最も大きいことは、「家庭ユートピアを説いていながら、教祖自ら離婚してしまった。周りを見ると、信者や職員の家庭も崩壊していることが多い」ということです。

この辺が参考になります。
大川隆法は、聖書の言葉を引用して、「その教えが正しいか間違っているか、その果実を見れば分かる」ということを述べました。その言葉を、そのまま今の幸福の科学の信者たちの様子に当てはめれば、幸福の科学は邪教である、ということになります。信者さんたちの様子が、全く幸福そうに見えないのです。幸福の科学は、宗教でありながら「成功」を説くという珍しい宗教でしたが、二十数年経ち、信者の中からどれほどの成功者が出たでしょうか。逆に、後先考えない多額のお布施を繰り返し、倒産してしまった経営者は私の地元にもいました。グループ・タック岡山日日新聞なども倒産してしまいました。「没落の法則」と呼ばれるぐらい、幸福の科学に関係すると不幸が襲う事例が報告されています。
幸福の科学がその正しさを証明するのは簡単なことです。信者が幸福な姿を見せればよいだけのことです。信者が成功して見せればよいだけのことです。そうすれば、アンチが何を言おうが、自然と信者は増えていくでしょう。ところが、立宗以来、四半世紀以上が経っても、それができていないどころか、逆に不幸な信者ばかりが増え続けています。だから、アンチも増え続けています。
また、大川隆法がかつてオウム真理教を題材にカルト宗教を批判したことがありましたが、それも今の幸福の科学の姿そのものだったりします。

結局のところ、「法」を取るか、「人」を取るか、ということで、アンチと信者が分かれているのだろうなあと思います。信者さんたちは、大川隆法という人を信頼しきっている。人を信じるのは悪いことではないと思います。信者さんたちは、皆、いい人たちばかりなのはよく知っています。
悪いのは、騙される方ではなく、騙す方であるのは当然です。全ては大川隆法一人の責任に還元されます。
でも、アンチの側から見ると、信者というのは、被害者でもあり、加害者でもあるのです。「伝道」という行為を通じて被害者を増やし、信者同士で励ましあい、洗脳を深め合う。繰り返しますが、それで幸福になるのなら良いのです。でも、現実はその逆で、不幸になっていく信者が多数だから、アンチは世間に対して警鐘を鳴らしているし、疑問を持つ信者に対して退会を呼びかけています。
「私は幸福です」という信者さんは、どうぞ、そのまま信仰をお続けになって下さい。「幸福な筈だけど、どうも幸福感がない」という信者さんには、退会することをお勧めします。
アンチになっても、何も不幸なことは起きません。みんな元気で暮らしています。今までの人間関係が絶たれることの不安もあるかと思いますが、それも一瞬だけです。逆に、幸福の科学以外のコミュニティの方々は、歓迎して下さいます。世間の人は、元カルト宗教信者だからと言って、差別したりはしません。
それから、幸福の科学は、新興宗教にしては珍しく、退会する際に、余り面倒なことが起きない宗教のようです(創価学会などは、大変なようです)。その点、幸福の科学は良心的だと思います。「その代わり」と言ってよいのかどうか、お布施返還等は一切受け付けないし、裁判沙汰になるのも大変なので、その辺はスッパリと諦める方がよいのかな、とも思います。

まとめ

信者さんは、アンチの具体的批判に対して、反論することはできません。それは、大前提の部分に対する批判だからです。抽象的な話をしたり、アンチの心の内面を勝手に想像して、その勝手な想像を前提に裁き、相手の悪と自らの正義を証明し、鬱憤を晴らすぐらいのことしかできません。
例えば、「どうして野田総理の守護霊は、解散の時期を知らなかったのか」という一点すら、説明することはできません。ましてや、アンチブログに挙げられた数々の疑問に、全て回答できることなど不可能です。答えようがないから、「アンチは悪魔だ」といって、排除するより外になくなるのです。
次回は、「なぜアンチブログが幸福の科学批判を続けるか」ということについて書こうと思います。楽山日記さんでも触れられていますが、信者の方々は、どうも、アンチの動機について、的外れな批判を繰り返されているようなので。これもアンチブログをちゃんと読んだらみなさん書いていらっしゃるから分かる筈なんですけどね。

2/23追記

と思ったけれど、ちょっと面倒になったので、後回しにします。