幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

FILE054:真理は心の中にある

サイト名
真理は心の中にある
URL
http://ameblo.jp/yamato-hideboo/
著者
ヒデボー
性別
男性
血液型
O型
住所
神奈川県
会員歴
二十数年
開始日
2013年1月29日

対アンチのために、最近、書き始められたらしいブログのようです。
アンチに言及された部分を読んでいくと、

騙されたなんて思っても、他人のせいにして一時的に気分は紛れるでしょうが、その先にあるのは空虚で意味のない世界です。

とか、

自分の醜さをひた隠し、自分の愚かさを棚に上げ、被害者を演じて、人を裁く。そして心の奥にある素直な心を封じ込めてしまった。
(中略)
元信者の方々、あなた方は所詮、道半ばで挫折した人たちではないのか。醜い自分を見ることに耐えられず、そしていたずらに自分を美化してしまった。しかし、それは事実ではない。矛盾は拡大し、やがて破たんする時が来る。

いかに声を大にして批判したところで被害者を演じていては説得力がない。あなた方はやがて消えていく運命にある。引っ掻き回すことには成功し、周りを動揺させることはできたが、ただそれだけだ。私たちはもう慣れてしまった。

とか、

彼らは要するに、勝ち負けで何が正しく、何が間違っているかを決めているということだ。

だから彼らと議論しても、話をひねくり回してでも、ともかく勝ちにくる。
何が真実で、何が事実かということは、どうでもよくて、勝つことにしか興味がない。

いづれにしても、強い自我意識を捨てることができず、信仰を捨ててしまい、そして全く反省する気がない人たちだ。
彼らは何やかやと大騒ぎしているが、たいした事をしているわけではなく、たいした事を言っているわけではない。
自分は強いぞと見せているに過ぎない。

とか、

幸福の科学の元信者の方で当会に対して批判してくる人もいるようです。
批判することじたいはいいのですが、その批判というのは建設的なものはなく、破壊的なものがほとんどです。

何が事実で、何が真実かという地道なことはやらず、やっていることは印象操作です。

彼らは騙されていたと言っていますが、そもそも彼らが信者の時、本当に信仰心があったのでしょうか。彼らは一見、信仰心があるかのように見えましたが、それは称賛を求めての行為であったのではないでしょうか。

信仰心があるかの如く振る舞っていましたが、実は称賛を求めての行為であったということです。

それに対して、我々は彼らに称賛を与えるべきではなく、反省を求るべきでありましたが、称賛を与えてしまうという大きな間違いを犯し続けました。

彼らの自我は肥大化していき、そして反省は不能になっていったのです。

とか、架空のアンチ像を作り上げて批判を繰り返しています。時系列で追うと、どんどん自分の妄想を膨らませていっている様子がよく分かります。
現実の相手を見ず、自分の中で勝手に作り上げられたアンチ像に対して批判をしているので、現実のアンチの実情とは懸け離れていて、的外れな批判になってしまっています。
アンチに対し、「何が事実で、何が真実かという地道なことはやらず、やっていることは印象操作です。」と言っていますが、アンチは常に具体的な事実を指摘しています。逆に、アンチを「悪魔」だの「ゴキブリ」だの言って、印象操作をやっているのは信者の方です。
そもそも、アンチと言っても人それぞれで立場も違うのに、「アンチ」と十把一絡げに言うこと自体にも無理があります。
私が

この記事で指摘したりしているように、ヒデボー氏も具体的なことには一切触れず、抽象的な批判ばかりに終始しています。

他のアンチブログからの批判

他のアンチブログでも、既に

この辺で言及されています。
私もお返事が来るかどうかを見守りたいと思います。アンチに対し、一方的で勝手な批判をするばかりで、相手の質問には答えないというのは狡いことです。

おまけ

ヒデボー氏によるアンチ批判は、どうも、大川隆法批判になっているようにも見えます。
主語を少し変えてみると、例えば、

  • 大川隆法よ、あなたは所詮、道半ばで挫折した人ではないのか。醜い自分を見ることに耐えられず、そしていたずらに自分を美化してしまった。しかし、それは事実ではない。矛盾は拡大し、やがて破たんする時が来る。」

とか、

  • 大川隆法は一見、仏陀であるかのように見えましたが、それは称賛を求めての行為であったのではないでしょうか。仏陀であるかの如く振る舞っていましたが、実は称賛を求めての行為であったということです。それに対して、我々は彼に称賛を与えるべきではなく、反省を求るべきでありましたが、称賛を与えてしまうという大きな間違いを犯し続けました。彼の自我は肥大化していき、そして反省は不能になっていったのです。」

とかいう風になります。
ヒデボーさんにもアンチの素質は充分にあるようです。