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幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

FILE059:幸福の科学信者のメロンくまのブログ(5/3追記あり)

サイト名
幸福の科学信者のメロンくまのブログ
URL
http://blog.livedoor.jp/japanese_smile4000/
著者
メロンくま

情報が少ないですが、絵描きさんのようで、昨年末に藤倉善郎さんの似顔絵を描いたのが話題になったことがありました。私も、

この記事で取り上げていまして、その時はメロンくまさんのことを「会内良識派」と書きましたが、今回のブログを読むに、その判断は訂正しなければならないようです。

ピア健氏に対するコメント

本題に入る前に、

こちらのコメント欄に、メロンくまさんがコメントを寄せられています。もうすぐアマミキョのこのブログは消されるようなので、メロンくまさんのコメント部分を引用させて戴きます。

6. ピア健さんへのコメントについて
主観を入れないで、幸福の科学の基本的な教えの「知識」に基づいて判断すればいいんじゃないでしょうか。

基本的に、幸福の科学の公式見解に近いコメントを、いつもしているのはレオさんです。

以前私がピア健さんあてに書いたコメントも、真理の書籍に書かれている三宝帰依についての内容そのままですよ。

ピア健さんは私のコメントに、「まだわからないのですか。教条主義はいけません」と言って反論していましたが、誰も知らないような知識を振りかざしたわけではありませんので、それは当たらないと思います。

三宝帰依は、信者としての「基本」の教えです。
幸福の科学の三宝帰依についての基本的な内容を書いただけです。教条主義ではありません。

実は、前回のコメントに、基本的に私の主観は入っていないわけです。ですから、ピア健さんは幸福の科学の公式見解に反論したのと同じです。

また、ピア健さんは「お坊さんの意識から脱却しなければならない」という言い方でも反論していましたが、宇宙の法が始まったからといって、三宝帰依の教えが無意味になったわけではありません。

やはり三宝帰依は信者としての基本です。

ピア健さんが他の信者から批判されるのも仕方ないかな。という気がします。

教学を嫌い、霊現象が大好きで、基本的に三宝帰依の姿勢がなく、教えを勝手に解釈する点に問題があります。
メロンくま 2013-04-16 02:07:37

なるほど、「幸福の科学」の信者としては、まともな回答のように思います。私も信者であったら、この意見には賛成だっただろうと思います。篤い信仰心をお持ちの方なのだな、ということが分かります。私の過去の交流経験からすると、職妻(職員の奥さん)に、こんなタイプの人が多いですが、もしかしたらそうなのかな、と想像しています。

これが現役信者の鑑、と言うべきか……

現役信者でも理解できていない人がいるのかもしれないが、もし、教えの内容に矛盾があれば、矛盾を埋める新しいご法話が説かれるのは当たり前であるし、教えの内容が組織の発展とともに変わっていくことは当たり前である。

つまり、三宝帰依というものは 仏>法>僧 の順で権威があるので、法に問題があるなら仏が新しい教えを説くのは、何ら問題がないのである。

教えの内容が修正されることについて疑問を持つ人というのは、「仏」と「法」の順序が頭の中で逆転しているのである。

元信者のアンチ活動員に多い傾向として、教えの修正が入ると、嬉々としてそれを指摘するのであるが、それは元々三宝帰依の意味を理解していない証拠なのである。残念ながら古い活動信者にも時々そういう人はいるのだ。

仏陀が存命のうちは、法よりも権威があるのであるから、教えを修正する権限をもつのである。

いやあ、もう、誰が見ても妄信者です。
しかし、この人は、実はしっかりした知性はお持ちのようです。この文章の前提としているものを探れば、「教えの内容に矛盾」があることを認めているし、「仏」が「法」を実践していないことも認めています。その上で、自ら納得して信仰を続けるためには、このように説明するしかない。
「法」は矛盾だらけで、「家庭ユートピア」をはじめ、言行も不一致だらけ。そこを見詰めると、最早、大川隆法を「神々の主」だとか「救世主」だとか思うことは、到底できなくなってしまう。だから、「幸福の科学」の信仰を続けるためには、こうやって、自分で自分をマインドコントロールするしかない。
恐らく、潜在意識下では「幸福の科学」がおかしいことに気付いていながら、表面意識ではそれを認めることができず、敢て狂信者を演じているのであろうとも思われます。

私の考え

大川隆法の根本的な間違いは、高橋信次を切る段階に於て、霊界次元構造説や魂の兄弟理論といった高橋信次の教えだけをそっくりそのまま残し、高橋信次だけを切ってしまった点です。高橋信次の教えの中に含まれる間違いを、一切、再検討または再検証することなく、要は「反省」なく進んでしまったことです。
そのくせ、自分に対する信仰を集める上で都合が悪かった「人につかず、組織につかず、法につけ」と言う至極真っ当な真理の言葉だけを、高橋信次ごと斬って捨ててしまった点が、大きな誤りでした。
この辺については、以前に書いた

こちらの記事をご参照下さい。メロンくまさんの言われるような「幸福の科学」の信仰は、幼児的な信仰の段階に過ぎません。

幸福の科学」=「井の中の蛙」論

メロンくまさんの考えは、全世界が「幸福の科学」の会内であれば、それで通用します。大川隆法が、本当に大宇宙の根本仏であれば、その考えでも大丈夫です。でも、現実はそうではありません。
例えば、二時限平面上で考えてみると、そこに「幸福の科学」という円があるとする。その内側にいるメロンくまさんから見ると、その円は広大無辺であり、それが世界の全てのように見えているのでしょうが、現実の世界は、それを遙かに越える大きな平面が広がっていて、世界の中で「幸福の科学」という円は、ほんのわずか一角を占めているに過ぎないというのが現実の姿です。
要は「井の中の蛙」であって、世界が「井の中」で完結しているならそれで良いし、井の中の蛙たちを説得することもできるでしょうが、井の外に出て大海を知ってしまった蛙たちから見ると、おかしくて仕方がない姿に見えます。
メロンくまさんは、自分の言葉が元信者に対して説得になるとお思いなのでしょうか。
信者として、信仰を続けるためには、アンチは「悪魔」と言って斬って捨てて、一切聞く耳を持たないようにするしかありません。そうでなければ、「井の中の蛙」を続けることはできません。

「無断転載禁止」という文言について

一応、念のため書いておきますが、メロンくまさんのブログは、いちいち文章を画像でアップロードして、「無断転載禁止」という文言が添えられています。だからどうしたの、という感じです。
私がしたのは、紹介のための「引用」です。引用という行為は、言論の自由が保障されている日本では、誰にでも与えている自由です(一定のルール下に於て)。「引用」とは、そもそも無断で行うものです。
それから、「転載」の方は、許可がなければしてはいけないものです。「無断転載禁止」などと書かれていなくても、現在の日本の法律下では無断転載は禁止です。
wikipedia先生によれば、

引用は権利者に無断で行われるもので、法(日本では著作権法32条)で認められた合法な行為であり、権利者は引用を拒否することはできない。権利者が拒否できるのは、著作権法の引用の要件を満たさない違法な無断転載等に限られる。

とのことです。

5/3追記

今みたら、ブログの記事が全削除され、タイトルも「test01」となっています。藤倉さんを「描いてみた」動画も消えていますね。
感情のブレの激しい方のようで、反論記事を書いて自己嫌悪に陥って全削除したという感じでしょうか。このようにすぐにカッとなって自滅してしまうような方は、仏道修行者としては失格でしょう。
でも、感情のブレが激しいということは、裏返せば感性が豊かだということでもあり、絵描きとか音楽家とか、そういう豊かな感性の要求される芸術家などの職業には、向いているのではないかと思います。
メロンくまさんが藤倉さんの似顔絵を描いた動画の説明文には、

幸福の科学に対する藤倉善郎氏の悪質な捏造・中傷記事に、1人の読者として抗議します。 汚い言葉で批判はしたくないので、今回は「お絵かき」という「平和的な手法」で抗議させていただきます。

とありました。私はそのときのメロンくまさんの心意気は素敵だと思います。今回は、私の言葉に反応して、うっかり「汚い言葉で批判」しちゃったんですね。その責任の一端は私にもあります。メロンくまさんの心を乱してしまい、失礼しました。
「平和的な手法」については、私も賛成です。これからも、お絵描きの方で、頑張って下さいね。