幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

小椋神社例祭・仰木泥田祭に行ってきました

祭りの概要はこちら。

午前九時から始まった例祭に参加しようと思い、約十分ぐらい前に現地に到着したのですが、どうやら事前に受付か何かをしておかないと参列できないらしく、参列していた方はみな、スーツか羽織袴で正装した方たちだけでした。他の神社の例祭(日吉大社の山王祭とか)は、誰でも参加できたので、こちらの神社でもてっきりそうなのかなと思いきや、そうではありませんでした。
仕方がないので、少し離れた位置から見ていました。山王祭よりは規模は遙かに小さかったですが、木漏れ日の差す森に囲まれた静かな空間で、近くを流れる水流の音が響き渡る中、滞りなく例祭は終了しました。
ふと見ると、仰木の里学区の自治連会長さんも参列していらっしゃいました。
少しお話を聞いた所では、どうやら、小椋神社の神様は、仰木の里の氏神様でもあるようです。

幸福の科学学園関西校の見解のウソ

この項目は余談になるので、「幸福の科学」に関心のない方は読み飛ばして下さい。
さて、この自治連会長さんは、「幸福の科学学園関西校」の職員から、反対派の親玉として、目の敵にされている方です。
かつての「幸福の科学学園関西校」の主張は、以下のようなものでした。

「過去、行基菩薩(霊)から、滋賀で学校を作るときは反対運動が起こるので気をつけなさいというご注意をいただいていて、実はそのとおり去年の10月から反対運動が起こっています。反対ネットワークという得体のしれないものが立ち上がって、ずっと妨害を続けている。しかし住民の方々が反対運動をしているわけではない。誰が反対しているかというと、左翼思想家なんです。左翼の人たち。学校関係、教育関係に携わっていた人たち。教育界の中にある左翼勢力が、いやがってるんです。なぜいやがっているのか。幸福の科学のこの教育の思想自体をいやがっている。彼らの思想は唯物論です。しかし私たちの教育は、仏心を尊ぶ心、信仰を基軸に置いた教育を関西校でももっと広げる。これに対して反応しているのが、実は反対運動の実態なんです」(林氏)

「林氏」というのは、「幸福の科学学園関西校」の副理事長の林雅敏氏です。「住民の方々が反対運動をしているわけではない」とか、「誰が反対しているかというと、左翼思想家なんです」とか、「彼らの思想は唯物論です」とか言っています。しかし、自治連会長は、当然、地元の住民です。「左翼思想家」や「唯物論者」が、地元の神社の例大祭に出席して参拝したりするものなのでしょうか。私にはちょっと理解できません。
これは「林氏」の個人的意見というわけではなく、「幸福の科学」全体の見解だったりするんですよね。「幸福の科学」の信者も、未だに上記のように酷い誤解をしています。教団側から一方的な情報しか教えられていないから、現地の実態など全く分かっていないのです。
どうしてこうなったのかということについて説明すると、大川隆法が「2013年幸福の科学学園関西校設立」と言ったからです。
幸福の科学職員にとって、大川隆法の言葉は絶対です。大川隆法は、「私の言葉の上に未来は築かれる」ということを繰り返し言っています。大川隆法=エル・カンターレを神と崇める幸福の科学信者・職員一同にとって、大川隆法が期限を決めて発言したことは、絶対に実現しなければならないことです。
神の意志に反対する者は悪魔ですから、2013年開校を目指す職員にとって、地元住民は「悪魔」でなければならなかったのです。次は2016年幸福の科学大学設立です。
このような地盤が不安定な土地を選ぶしかなかったのも、違法スレスレ(現在裁判で係争中)で地盤の安全性を確認しないまま着工したことも、地元の理解が得られないまま建設を始めたことも、地元住民の迷惑を顧みずに昼夜の突貫工事をしなければならなかったのも、定員割れが確実なのに開校しなければならなかったことも、全て、大川隆法が「2013年幸福の科学学園関西校開校」と言ったことが原因です。要は、全て大川隆法の我が儘のせいです。
地元住民としては、もう一年開校を延ばしてくれ、その間に話し合いをしようじゃないか、というような提案もしていたようです。しかし、大川隆法の言葉が絶対である「幸福の科学」信者(職員含む)にとって、そんなことはあり得ないことです。信者からすれば、それは「悪魔の取引」としか思われなかったことでしょう。
このように、教祖が言う言葉が絶対で、融通が利かないのが、個人崇拝カルトの大きな問題点です。
大川隆法の計画は、数年前に立てられたものでした。当時としては、順調に行けばそれで良かったのでしょう。
しかし、2009年に衆院選に出てしまいました。もし、あそこで当初の見込み通り、数十議席でも取れていたら、「幸福の科学」は更に勢いを増して、信者も順調に増え、「関西校設立」をしたとしても、定員割れを起こすことなく、全て順調に運んでいたことでしょう。
しかし、衆院選は惨敗し、それに加えて、あろうことか、「家庭ユートピア」などと説きながら、教祖自身が離婚してしまうという、他のカルト宗教ですら見られないとんでもない不祥事をしでかしてしまいました。それで信者を大きく減らし、今はこの有り様です。
普通は、計画を立てるにしても、全て順調に行った場合とそうで無かった場合で、未来の計画が変わるのは当然のことです。一人も当選しなかったのに、数十名当選する見込みの時と同じ計画のまま突き進んだら、それは無理が生じるのは当然のことです。
トップのメンツを保つためだけに当初の計画のまま突き進んでジリ貧になるというのは、経営者としてはもう失格なんではないでしょうか。「幸福の科学」は、いよいよ行き詰まりが見えてきたように思われます。

仰木泥田祭本番の様子

さて、お神輿担ぎは午後五時ぐらいから始まり、どんがどんがという太鼓の音とともに、五基の神輿が、少し離れた「御旅所」へと運ばれていきました。山王祭ほどではないですが、人出はかなり多くて、信仰篤い土地なんだなあ、と思いました。
途中、東京から来て全国のお祭りを撮影しているという年輩のカメラマンの方と知り合いになり、少しお話をお伺いすることができました。曰く、他の地域では、神輿の担ぎ手の若者がいなくなって、もう台車で運んだりとか、蔵を開いて神輿を見せるだけの所とかもあるとか。
そんな地方もある中、この湖西地方(琵琶湖の西)では、日吉大社をはじめ、この小椋神社でも、神輿の担ぎ手の若者はいっぱいいるし、どうやら、比較的、伝統を大事にする地域だということのようです。
今回は、写真や動画を幾つか撮ってきました。
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こちらは小椋神社の途中の棚田。綺麗だったので、思わず撮ってしまいました。「仰木の棚田」というのは有名なようです。
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これは馬。この後、流鏑馬も行われました。アスファルトをパカラッパカラッと駆け抜けていく馬は、とってもかっこよかったです。実は、私は走る馬というのを近くで見たのは初めてだったのですが、凄く速くて、ビックリしました。その辺の車よりも速く感じました。改めて、馬を好きになりました。将来、馬と一緒に暮らす生活をすることが、私の夢の一つになりました。
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こちらは謎のお馬さん。どんがどんがと太鼓を叩いていました(念のため書いておきますが、祭りとは無関係で、単なる個人的なジョークで行われたことのようです)。
ああ、あと一つ、言い忘れていたこと。小椋神社は「闇龗神(くらおかみのかみ)」という雨降らし系の龍神様を祀っています。肌寒かったものの天気は晴れで、予報でも降水確率は10%とか20%とかでした。ところが、お祭りの途中、俄に一群の少し黒い雲が現れ、雨がぽつりぽつりと降ってきました。晴れ間も見える中、本当に人々を優しく包むかのようなぽつりぽつりという俄雨で、闇龗神様が、「しっかり見守っているよ」というようなことを伝えて下さったようにも思いました。
動画については、簡単に編集してから、また後ほどアップしようと思います。

追記

動画をUPしました。