幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

映画版『聖☆お兄さん』の感想

先程観てきました。以下、毒ありなので注意。
原作と比較して、異様にホモホモしくなっていたことに驚いた。というか引いた。声優の喋り方なのか、それとも脚本の描き方なのか。まあ両方だろう。まず、声優の喋り方がホモホモしすぎる。監督か脚本家が女だろうな、と思ったら、案の定、両方女だった。
パンフレットはその監督と脚本家の対談とホモ声優のインタビューしかないので、買う価値は無かった。欲しい人がいたら差し上げます。特典で無料で付いてきた小冊子の方が出来がいいってどういうことよ、と思った。
原作では、もっとマニアックな宗教ネタがちりばめられていて、そこが面白かったのに、映画ではそういうのが薄められて(せいぜいTシャツネタぐらい)、ホモホモしさだけが全面に出されていて、本当に詰らなかった。ジャンルとしてはギャグアニメなんだろうけど、演出も詰らなくて、すべりまくっていたし。原作の面白みがこれでもかというぐらいに削られて、不要なホモホモしさや無駄なストーリーが加えられただけの、完全に「腐向け映画」になってしまっていた。
よく、「女が関わるとそのコンテンツは死滅する」なんて言うけれど(「女が関わ」まで入れるとGoogleの予測検索にも出てくるぐらいの定番フレーズ)、まさにそれを体感した。これは原作者が女性だからあれだけど、中村光さんは、女性にしては女性らしくない感性というか、男性にも受け入れられることのできるコンテンツを作ることのできる力をお持ちの方だと思う。
私は、同じ原作者のアニメ荒川アンダーザブリッジなどは非常に楽しめたので、これがもし新房昭之監督が作っていたらと思うと、残念でならない。

余談

当ブログはアンチ「幸福の科学」がテーマであるから、それに関連付けて言えば、今の「幸福の科学」のように、女性をリーダーとして立ててやるようになったら、もう組織的には末期だと思われる。かつて、大川隆法も『フランクリー・スピーキング』の中で、そういうことを言っていたのにね。
女性差別とかそういうことではなく、男女の役割の違いの話。または、陰陽論的な観点からの話。陰陽の気の流れが乱れると、次に来るものは破壊または死滅しかない。「幸福の科学」では、スピリチュアルと言いながら、陰陽論がその教えの中に入っていない。それは未熟なスピリチュアリズムだと私は思う。