幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

FILE063:けんちゃんマンのブログ

サイト名
けんちゃんマンのブログ
URL
http://ameblo.jp/theyu777/
著者
けんちゃんマン
開始日
2012年1月16日

いやあ、まだ信者でもこんなまともな方がいらっしゃったのですね。
記事の数も少ないので、初めから全部読んでみました(アメンバー限定記事以外)。
私が今まで紹介してきた信者ブログの中では、最もいい感じの方です。もし、「幸福の科学」信者が、みんなこういうレベルの人ばかりだったら、私も退会することは無かっただろうと思います。

最新の記事より

けんちゃんマンさんも、

ブログ村も最近は、波動が地獄的な感じがありますし、裏っぽいから?冗談です。(笑)

(注:ここで言う「ブログ村」とは、ブログ村の幸福の科学カテゴリのこと)
と、冗談めかして言っていますが、私も非常に同感です。何なのでしょうかね、あれは。本人たちは「伝道のため」などと言っているけれど、結局のところ、根本にある動機が自己顕示欲であって、動機が不純だから、あのようにおかしなことになるのでしょう。
まともな信者さんから見れば、あそこは吹き溜まりのような場所で、「幸福の科学」の評判を落とすためだけにやっている人たちとしか思われないことでしょう。アンチから見ると、あそここそが、普段抑圧された「幸福の科学」の真実の姿が露わになっている場所だ、ということになりますが、まあ、信者の皆様は納得されないでしょうね。
アンチについて述べられているので、少しだけ感想なり反論なりを書いておきます。

特に信仰の問題は、間違ってしまった場合、作用反作用の法則からしたら、取り返しがつかないくらい大変なことです。仏説降魔経にも「仏法流布を妨げるは、極悪非道の所業なり」とありますし、法の種を虚しくしたり、法種を断つ罪が「人類最高の罪」であることを知らなければならない。と言われております。

始めの一文は同意なのですが、二つ目の文章は、非仏教的で、寧ろ「創価学会」に似た極めてカルト的な教えです。少し前に書いた

こちらの記事をご参照下さい。

大げさかもしれませんが、信仰や霊的世界という世界の話は、ほんとうに慎重に慎重によくよく考えて
行うのが、ちょうど良いと思います。それくらい人々の人生に深く関わってしまう世界ということで、とてもシビアな世界だと思います。

そう思われるなら、自分自身の「信仰」や「霊的世界観」が本当に正しいかどうか、もう一度「反省」してみることをお勧めします。

人智を超えた絶対法則、宇宙の法則に逆らうと、かならず、作用反作用の法則を受けることになりますし、それが、自由を享受することの責任であり「自己責任の原則」です。

その通りです。アンチの立場からすると、宇宙の法則に逆らって、自らを大宇宙の根本仏などと詐称しているのが大川隆法です。その結果見られる現象が、「没落の法則」なるものです(詳しくはググって下さい)。
信者でも、いい人ほど早く亡くなる傾向があり、景山民夫さんをはじめ、佐々木英信さんなど、働き盛りの男性が亡くなることが多いです。
これは仮説ですが、「幸福の科学」というのは、陰陽を説きません。スピリチュアルなどと言いながら、陰陽のバランスということを一切説かない宗教です。どうも、「幸福の科学」という組織全体が、陰陽の気のバランスを欠いているのではないか、と思われます。私も陰陽の勉強をしたわけではないので、この点は今後の研究課題なのですが、本来、男性に向けられるべきエネルギーが全て大川隆法に向けられ、その結果、男性のエネルギーが枯渇してしまい、夭逝するケースが多く見られるのではないか、と思われます。

今、誰が2000回も毎回内容の違う、講演会が出来ますでしょうか。そしてそれが、毎回書籍になるのです。書籍も1000冊を超えています。このような情熱は、本物しかできないことだと思いますし、今、地球上でそれができるのは、大川総裁先生ただお一人でしょう。これは、もう神様しかできないことだと思います。

講演回数はともかく、書籍が1000冊を超えている、というのは嘘ですよね。リストアップしてみたらいいです。
「神様」は、講演回数で決められるものではありません。しかも、2000回というのは、人間業の範疇でしかありません。
それに、嘘ばっかり言っていたり、口から出まかせばっかり、自らに尊敬を集めるためだけにやっていたり、人を不幸にする内容だったりすると、それは単なる統合失調症の患者と変わりません。
回数よりも、内容が大事なんではないですかね。2000回講演会をやったけど、それによって救われたと感じ、信者となった人がわずか数万人しかいないとしたら、それは本当に「神様」なんでしょうかね。

人間は「信仰」によって人間を超えることができると思いますが、信仰者であっても未熟な修行者ですので、どこかの1面をとらえて、信仰を手放したり、何か自分にとって、不都合があったからと言って、真理伝道の反対運動を起こしてはならないと思います。

「人間は「信仰」によって人間を超えることができる」というのは謎の言葉です。「天は人の上に人をつくらず、人の下に人を造らず」と言います。人間はどこまで行っても人間です。大川隆法も人間です。その三歳の童子でも知る単純な真理すら分からないのが「幸福の科学」の信者です。
私は、「どこかの1面をとらえて、信仰を手放したり、何か自分にとって、不都合があったから」アンチをやっているのではありません。「幸福の科学」の全体を見て、おかしなものだと指摘しています。信仰を手放したわけではありません。偽物の信仰を捨て、本物の信仰を摑んだのです。自分にとって不都合があったのではなく、その教えや行動を具に観察し、多くの人にとって有害になるものであると確信したから、アンチ活動をやっています。
具体的なことは、当ブログで縷々述べてきたところです。例えば、

こちらの『幸福の科学根本教義批判』では、「幸福の科学」の根本教義である「幸福の四正道」から批判を始めています。現在も適宜批判を加えて行っています。
現役信者の方には、大川隆法も引用したドラッカーの言葉、「誰が正しいかではなく、何が正しいかである」という観点から、アンチブログを読んで戴きたいと思います。

ところで

「仏敵折伏には勇気ある批判と知恵を忘れるな」と日々読誦している筈の「幸福の科学」信者ですが、半年間アンチブログを続けている私に対して、一切有効な批判もなく、「折伏」がやって来ないのは、どういうわけなのでしょうか(今まで何度かやってきたけど、勝手に自滅して去って行かれてしまいます)。私は「仏敵」ではないと思われているのか、それとも信者たちは「信者」などと言いながら、やはり実践が伴わない口だけ信者なのか。
また、けんちゃんマンさんは、よいお人柄が文章から滲み出ているような方なので、恐らく、いずれ、本当の神様や天使たちによるお導きがあることでしょう。今は偽物の神様を拝んでいる「幸福の科学」信者と雖も、本物の神様は決して見捨てたりはしません。

追記

最新から一つ前の

この記事、私がコメントをつけて、それに対してけんちゃんマンさんが返事もしてくれていたのですが、今見たら、「アメンバー限定記事」にされたのですね。まあ、別にいいですけど。