幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

「幸福の科学」信者の慰安婦に関する見解

「60年ぐらい前は女とは男の性欲を満たす道具だった」ですって

慰安婦や風俗問題がかまびすしい。


 女性、女性というが、それはすべて現在の価値観だ。60年ぐらい前は女とは男の性欲を満たす道具だったし、一人前の人間と扱われてはいなかった。
 日本は西洋と比べれば実質的に女性の地位が高かったくらいだ。
 フランスでも女性に選挙権が与えられたのは1945年、スイスなどは1971年だ。
 現在普通に思える価値観で過去をさばくのはどういうものだろう。

「60年ぐらい前は女とは男の性欲を満たす道具だった」だそうだ。私はそんな話は聞いたことがない。酷い誤認もあったものだ。有史以来、「女が男の性欲を満たす道具だった」ことがあっただろうか。一体、どこの国の話だろう。動物の世界ですら、「雌が雄の性欲を満たす道具」であるというような状況は観察されない。
私の職場の軒下にも、最近、ツバメが巣を作っていた。夫婦仲睦まじく、一緒に巣作りに励んでいたのを見た。この人は、何を根拠に「60年ぐらい前は女とは男の性欲を満たす道具だった」と言っているのだろうか。私には理解できない。

「一人前の人間と扱われてはいなかった」ですって

これまた酷い誤認である。この「幸福の科学」信者は「一人前の人間」=「選挙権が与えられること」だと思っているらしい。西洋文明に毒されすぎている。
「鼓腹撃壌」の故事を知らないだろうか。東洋的価値観では、民衆が政治などに関心を持たなくても良い状態こそ最上の幸福であると考えられてきた。「民主主義」などと言って、全国民が政治に関心を持つことを強いられ、全国民がその責任を負わされる制度などは、最低の制度である。逆に、投票率が低いというのは、人々が幸福であり、健全な精神を持っている証拠である。

「現在の価値観で過去をさばくな」???????

さて、上記の発言は、橋下市長の発言を念頭に置いているらしいが、橋下市長の発言は、決して「過去」の問題ではない。特に「風俗問題」は、現在のこととして話をしたのであり、そのことが問題になっているのである。現在の価値観で現在のことを言ったことについて問題になっているのに、この人は「現在の価値観で過去をさばくな」などと言う。おかしなことである。
それに、「現在の価値観で過去をさばくな」という言葉が正しいとも思われない。現在から見て、当時の(従軍ではない)慰安婦制度はおかしかった、と考えることは当然である。現代社会では、表向き、殆どの先進国では「売春」という行為は法律で禁止されている。
それなのに、橋下は当時の視点と変わらぬまま、現在もまた「性欲解消のために風俗を利用せよ」などと、しかも外国相手にそんなことを言って、失言とも気付かずに自慢気に話して、反省する素振りも全く見せずに失言を繰り返していたから、世間の大顰蹙を買ったのである。
さて、これは「幸福の科学」の会としての見解ではなく、個人の見解かと思いきや、どうやらそうでもないらしい。別の信者も以下のようなことを述べている。

「兵士のための『慰安所』が大人の知恵である」ですって

橋下市長の「慰安婦問題」。
 橋下市長の語ったことは、半分まで正しかったはずだった。
 いわゆる兵士のための「慰安所」が大人の知恵であること、各国がそれらしき設備をもっていること、日本だけが責められるいわれはないこと。それらはすべて、彼の言うとおりである。
 だが、氏の発言によって、「従軍慰安婦」があたかも実在したかのようにとりあげられてしまったのだ。

橋下発言は、「半分まで正しかった」そうだ。

  • 兵士のための「慰安所」が大人の知恵であること
  • 各国がそれらしき設備をもっていること
  • 日本だけが責められるいわれはないこと

これらは「すべて、彼の言うとおりである」
そうである。
しかし、私は思う。一点目については、「大人の知恵」などではない。「大人の知恵」であるなら、どうして現在は殆どの国で失われているのか。「慰安所」などは、単なる野蛮な行為を正当化しただけのものである。そこに様々な利害が絡んで行われただけであって、断じて「大人の知恵」などではない。
二点目については、「慰安所」なるものが各国にあったのは、それこそ過去の話であって、現在そのような「設備」を備えている国などない。この人は「もっている」などと現在形で述べているが、これは事実誤認である。
三点目については、そういう風にも言えるが、だからと言って日本の「慰安所」が正当化されるものでもない。
この人がおかしいのは、三点目と一点目で矛盾していることである。「慰安所」が「大人の知恵」であるのならば、そもそも日本が責められる理由はないのだが、「日本だけが責められるいわれはない」などと言って、「日本が責められる」ことが前提になっている。
そして、「日本だけが責められるいわれはない」と言っても、「日本の行為が正当化されるわけでもない」ということも事実である。世間では、「他の人も悪いことをしてるんだから、私だけ逮捕されるのはおかしい!」という泥棒の理屈は通用しない。
この人は「半分だけ正しい」と言ったが、その半分の正しさのうち、三分の二は間違いであり、残りの三分の一は間違いではないが、特に意味のないものである。

まとめ

今回取り上げたお二人は、以前から政治関連の記事を書いておられる「幸福の科学」信者だが、政治好きの「幸福の科学」信者はこんなのばっかりなだろうか?全く時代の空気を読めていないように見える。
常々思っていたが、大川隆法以下、「幸福の科学」及び「幸福実現党」の政治観は、二十年から三十年ぐらい時代遅れしているように見える。未だに「右翼」だの「左翼」だの何だの言っている。911以来、保守の間でも「親米保守」と「反米保守」に分かれ、小泉改革以来、「グローバリズム反グローバリズム」という構図もでき上がってきた。そこで昨年末の「未来の党」のように、小沢一郎や元社民党の人が一緒になるという流れもできてきた。
幸福の科学」信者は、未だに産経=保守=親米=正義、朝日=左翼=親中=悪魔、と思っているようなのだけど、本当に時代遅れの見方だと思う。産経も朝日もみんなグローバリズムの方向で一致ですよ。どうして「左翼」の筈の菅元総理がTPPを推進し、「保守」の筈の安倍総理も公約を翻してTPP交渉参加を決めたのかなどは、「幸福の科学」的な政治観では説明がつかないでしょうに。
恐らく、大川隆法の頭の中が二、三十年前で止まっているのだろうと思う。だから、信者たちもそれに従うしかない。
しかし、信者の中でも、若い子たちはどう思っているのかね。ちょっと政治に関心があって、自分で物事を調べたり考えたりできる子の中には、「幸福実現党は時代遅れだ」と思っている人もいるのではないだろうか。ちょっと意見を聞いてみたい所ではある。