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幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

私は渡部昇一氏を尊敬しているらしい(苦笑)

個別記事紹介

幸福の科学」信者の自称「才谷梅太郎」氏からお返事がありました。親しみを込めて以下「梅ちゃん」と呼ばせて戴きます。

しかし、ジョセフ・マーフィーの『眠りながら成功する』に、

・嫉妬や妬みは、富の流れに反対する障害物です。他人の繁栄を喜びなさい。

・富に至るのを邪魔する障害は、あなた自身の心の中にあります。

と書かれているように、幸福の科学や信者に嫉妬すれば嫉妬するほど、妬めば妬むほど、アンチは貧乏神に近付いていくのです。

しかも、その原因は、「あなた自身の心の中にある」のです。

ほんとうに、ほんとうに残念な方です。

「【第一部】渡部昇一氏 特別講演」に行きました。に書きましたが、日本で初めてジョセフ・マーフィーを紹介したのは、UMAが尊敬する渡部昇一さんです。

出ましたね、「絵本に興味がある」に続いて、今度は「UMAが尊敬する渡部昇一さん」という梅ちゃんの勝手な思い込みに基づく決め付けがきました。
そりゃあ私もかつては「幸福の科学」の信者であり、大川隆法の影響を受けて渡部昇一の本を読み漁っていた時期もあったけれど、大学を卒業する辺りで「正字正かな」の勉強をし始めて、福田恆存氏や松原正氏の渡部昇一批判の文章を読むにつけ、「渡部昇一はどうもおかしいらしい」ということに気付き、距離を置くようになって、以来十年ほどになります(松原正名言集 愛するといふ事: 地獄の箴言この辺などを参照)。
最近、当ブログ附属の掲示板でも話題になりました。

こちらですが、ちょうど「嫉妬」に関することについて、ニーチェ渡部昇一氏の思想の類似性に関する話題も出ていたのでご参照下さい。
渡部昇一氏は、単なる親米保守派・新自由主義グローバリズム推進の御用学者だというのが今の私の認識です。「幸福の科学」とは非常に波長が合っていると思います。相思相愛で良かったですね。

「正字正かな」と脱マインドコントロール

ちなみに、正字正かなの勉強をすることは、マインドコントロール解除に一役買うと思います。そもそも、GHQによる日本人に対するマインドコントロール政策の一環として戦後の国語国字改革が行われたという一面もあるわけで(それだけではない複雑な事情もあるようだが)、戦後六十数年経っても、国語国字改革について一般の人は一切知らされることなく、その正しさを疑う余地すら与えられていません。江藤淳は『閉ざされた言語空間』と言いましたが、戦後の国語国字改革は、マインドコントロールの成功事例の象徴であり、その「閉ざされた言語空間」以上の世界を考えることができなくなっています。
正字正かなの勉強をしてそれを実践することは、その「閉ざされた言語空間」から脱する行為であって、私には過去にマインドコントロール解除の経験があったということになります。
だから、「幸福の科学」によるマインドコントロール(江藤淳に倣えば「閉ざされた精神空間」とでも言うべきか)から脱することが比較的すんなりできたのではないか、と思っています。
特に二世信者の人に言いたいことだけれど、親とか周りの人が当然のこととして受け入れている権威なり常識なりを疑い、それを自分の手で検証して、正しいと分かったら実践して確かめてみる。そういう態度がカルトのマインドコントロールから脱するために必要なことではないかと思います。
渡部昇一氏については、『日本語のこころ』など、過去には国語に関する書籍も多数出していました。ところが、どの本を読んでも、戦後の国語国字改革には一切触れられていません。白川静先生との対談本もありまして、白川静先生は「国語国字改革はけしからん」みたいなことを述べておられたのですが、渡部昇一はそれに対して全く返事をしていなかったのが記憶にあります。
知っている筈なのに伝えない。都合の悪いことは伝えないという渡部昇一氏の態度は、知的誠実とは言えないものです。大川隆法もそれを受け継いでいます。

アンチが「幸福の科学や信者に嫉妬する」ですって

梅ちゃんは、このように述べています。

幸福の科学や信者に嫉妬すれば嫉妬するほど、妬めば妬むほど、アンチは貧乏神に近付いていくのです。

いやいや、誰も嫉妬なんてしてないですよ。これも頻出しているネタなので、最近また更新を再開された楽山日記さんの過去の記事をご参照下さい。

この辺ですね。
それなのに「自分が嫉妬されている!」と思い込むのは、単に自意識過剰なだけです。

貧乏神よ。さようなら。
貧乏神思考よ。さようなら。
私は、繁栄の神に近付きます。

いやいや、そっちの方向にいるのが貧乏神ですから。現役信者に対し、「エル・カンターレ」が最大の貧乏神だということを、アンチは繰り返し警鐘を鳴らしています。「没落の法則」で検索してみて下さいよ。日本で他に類似の例がないのでしょう、単に「没落の法則」だけで、幸福の科学のことを指すようになっています。「エル・カンターレ」は最大の貧乏神です。
ところで、梅ちゃんのような「貧乏神よ、さようなら」という他者切り捨ての態度こそ、繁栄を遠ざけて貧乏神を近づけてしまう心なのではないか、と思います。貧しいことも富めることも、病も健康も、不幸も幸福も、相対的なことであるし、「自分だけが良ければよい」という考え方は人として間違っているのではないかと思います。梅ちゃんは、絆ということについて、どうお考えでしょうか。「幸福の科学」でも仏教の「重々帝網」という言葉を使ったりしつつ、一人一人の存在はみんな繋がっているのだ、ということを教えていました。「貧乏神よ。さようなら」という態度でいいのでしょうか。そこに愛はあるのでしょうか。
私はアンチであって、梅ちゃんとは立場が正反対で、「幸福の科学」をカルト教団だと言い、「エル・カンターレ」を貧乏神だと言っていますが、だからと言って切り捨てようとは思わないです。「バカなやつらだ!」などと思ったことは一度もありません(信者の皆様からは「バカ」だの「悪魔」だの「ゴキブリ」だの罵声を浴びせかけられていますが、当ブログの過去の記事中でも、私は信者の方をそのように罵ったことは一度もない筈です)。だって、私も二年前まではそちら側の人間だったのですから。
何とかそこから救い出してあげたいと願って、こうして時間を割いて訴えかけています。余計なお世話と思われるでしょうし、申し訳ないことに、私の言葉が至らないためになかなか説得はうまくいかないですが、至誠通天であって、梅ちゃんにもいつか通じるものと信じています。