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幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

「アンチのみなさんへの手紙」などについて

アンチカルトブログ紹介 個別記事紹介

統一教会信者でアンチ幸福の科学の人

うーん、このブログ、何故かブログ村の「幸福の科学」カテゴリに居座っているので、時々目にしてはいて、慰安婦の件については同意なのだけど、「統一教会」というカルト宗教へ誘導しようとしている点で、私はこの人には全く賛成できない。アンチ統一教会のブログなどを読むにつけても、統一教会が、信ずる者を苦しめる邪教であることは明らかであり、そちらを支援したり擁護したり好感を与えようとしたり誘導したりしようとする行為には断固反対であるし、他の迷える「幸福の科学」信者や退会者たちにも注意を呼びかけたいと思う。
私は、組織宗教の限界というものを感じている。大本信徒連合会のように比較的良心的なところもあるけれど、「幸福の科学」にしろ統一教会にしろ創価学会にしろ、どうしても、一人一人の個人の自由意志を大事にせず、抑圧する方向へと向かうようになっている。
私は西洋のキリスト教文化発の近代文明には批判的であり、全ての成人が政治に関わらなければならない「民主主義」という制度は良くないものだとも思っているが(「デモクラシー」という語を「民主主義」と訳すのは誤りで、正確には「民主制」と言うべきだという話も聞いたことがある)、その平等思想は良いものだと思っている。
年齢や職業、性別、生まれ育ち、人種、国籍、言葉、貧富、賢愚、美醜、等々、そういった様々な個人差を問わず、一人一人が対等であり、斉しく大切である、というような考え方は、非常に素晴らしいものだと思う。
東洋では発達しなかった考え方だし、西洋文明には様々な弊害があるが、この平等思想を広めた点はやはり素晴らしいと思う。
対等だからこそ対話も成立するし、お互いを尊重し合うということもできてくる(逆に、特定の人物を特別な存在として崇めたりすることは、間違いの元である。仏陀やキリストのような「聖人」といえども、神ならぬ人間を崇めるのは争いの元であり、不幸の始まりであると思う。ましてや大川隆法文鮮明池田大作のような俗人を崇めることなどあり得ない)。
また、世界中で、誰一人として見捨てられる人があってはいけないと思う(「幸福の科学」信者のように、意見の対立する他人を「悪魔」とか「ゴキブリ」とか言って斬って捨てる態度は、悲しいことだと思う)。
まあ、言葉ではうまく説明できないけれど、こういう歌が最近とても好きです。

「シンパたちへの手紙」、「アンチのみなさんへの手紙」

以前に「隆たちへの手紙(混ぜるな危険! ブログ・サンポール 『隆たちへの手紙』参照)」を書かれた方の手によるもの。誰だか分かりませんが、励ましのお言葉、有難うございます。
宏洋くんにも言及されていますが、『パニッシュメント』という小説(ラノベ)でも、映画『I'm FLASH!』でも、教祖の息子(または孫)が教団を滅ぼすというストーリーでした。
文学作品というのは、予言的要素を秘めていることがあります*1。やはり、最後は長男が幕引きをするということになるんでしょうね。その時は私も応援するし、他のアンチもみな協力することでしょう。

ニャーさんが相変わらず大変みたい

以前にも紹介したことのある([FILE049:ニャーの困った生活パート2 - 幸福の観測所)ニャーさんのブログから。

ニャーはスケベなおじさんです。煙草も一日二箱も吸うヘビースモカーです。
ニャーは自己嫌悪に堕ちています。最近、見る夢も地獄の夢ばかりです。
ニャーは経典「救世の法」で幸福の科学の根本経典を読んでいる人は地獄に堕ちないと書かれている事実だけ信じてます。
ニャーは孤独です。仲間がほしいんです。友人がほしいんです。でも、出会い系サイトにニャーを誘い込むようなメールばかりです。
ニャーは精神安定剤と抗鬱剤を服用しています。薬飲まないといられない体になってます。幸福の科学で心を正す方法をたくさん書いてあるのですが、最近はその経典さえ読めません。
ニャーは死後、地獄行確定だと思います。エゴイストです。自分の考えを正当化することばかりに腐心しています。肉体生命は有限です。ですから、良い事しなくてはいけないと思うのですが、なかなか実行出来ないです。
ニャーの反対の考え方すればみなさん天国へ行けるでしょう。未来の法は良い本ですので読んで学んでください。よろしくね。

こうして改行をしてみると、ニャーさんは詩人なんだなあと思う。この文章を読む限り、ニャーさんは親鸞的な「悪人」であるのだなあとも思った。私には、ニャーさんがこの文章を暗闇の中で涙を流しながら書いている姿が想像される。親鸞的に言えば、こういう人が地獄に堕ちることはない。このような正直者を(本物の)神様が放っておかれる筈がないと思う。ニャーさんが幸福な人生を送れるよう、祈念いたします。
最後の「ニャーの反対の考え方すれば……」というところは、色んな意味で深い。
ニャーさんのような人が、日本中にどれぐらいいるのか、また今後どれぐらい出てくるのか、想像すると胸が痛くなる。それらはみな、「幸福の科学」の被害者である。純粋な心を持つ人たちが、言葉巧みに騙されて、歪んだ思想を植え付けられ、お金も時間もエネルギーも絞り取られて、不幸になっていく。
ニャーさんは、世間一般の人たちに「幸福の科学」の毒を知らせてくれているのだ。「幸福の科学」を信じても、一向に救われないということを、自ら実験台となって証明してくれている。
ニャーさんの約二十年にも及ぶ苦しみを、無駄にしてはならない。

*1:余談ですが、ユングの言った「集合的無意識」というようなことで説明ができるのではないかと私は考えています。大本の言う「型の論理」でもいいですし、「フラクタル的世界観」というものでもいいです。「一つの作品の中で描かれた「型」は、形を変えて現実にも起こり得るものであると私は思います。