幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

「従軍慰安婦はなかった」というけれども……

カルト新聞のコメント欄の匿名氏が、とても参考になることを書いておられた。

その前に、私の立ち位置を説明しておく。
私もかつては「幸福の科学」信者として学生時代を過ごし、その間、「総裁先生が尊敬している」という理由から渡部昇一氏の本を読み、渡部昇一氏が寄稿する雑誌、『正論』とか『諸君』とかを読んで、自称「保守派」の論文だけを一方的に読み、偏った知識で「従軍慰安婦なんてなかったんだな」と思い込んでいた。
ところが、匿名氏のコメントを読み、その考え方が間違っているのだということに気付いた。

「軍慰安所」はあった

>従軍だろうが従軍でなかろうが慰安婦はいつの時代にもいるだろ。

第二次世界大戦当時、中央官庁や中央官庁や軍中央とか出征軍の参謀長レベルで慰安所設置の準備をしたり「慰安婦」派遣を要請してた日本以外の国ってあるの?


>要するに風俗嬢のこと。地元で募集されて働いただけのこと。

「南方派遣渡航者ニ関スル件」
http://www.awf.or.jp/1/facts-06.html

1942年2月末ないし3月はじめに、南方総軍から、ボルネオ行き「慰安土人五〇名為シ得ル限リ派遣方」の要請が台湾軍(台湾駐屯日本軍)司令官に入りました。そこで台湾軍司令官の命令により、憲兵が調査して、3人の経営者を選定しました。3人の経営者は女性を集めて、出発しました。この件では6月に「特種慰安婦五十名」について現地到着後「人員不足」し、また「稼業ニ堪ヘザル者」が出たので、20名を増派することを了承してほしいと台湾軍から陸軍省に報告が出ています。


他にも軍が直接「特殊慰安所」の設置運営にかかわっているという証拠が存在する。
http://www.geocities.jp/yubiwa_2007/gunnianjyo.html

ここで示されたサイトへ行くと、

先ず、「軍慰安所」あるいは「陸軍慰安所」「海軍慰安所」という名称ですが、これは当時の公文書に出てくる公式の名称です。

公文書に出てくるんだったら仕方ない。「軍慰安所」はあったけど「従軍慰安婦」はなかった、というのは詭弁ではないか。

そもそも、「特殊慰安所」が設立された動機が南京事件の時に強姦が多発したので、それの抑止の為に上海派遣軍の岡村寧次参謀副長らが働きかけたというもの。

『岡村寧次大将資料(上)戦場回想篇』(原書房)302~303頁

「斯く申す私は恥かしながら慰安婦案の創設者である。昭和七年の上海事変のとき二、三の強姦罪が発生したので、派遣軍参謀副長であった私は、同地海軍に倣い、長崎県知事に要請して慰安婦団を招き、その後全く強姦罪が止んだので喜んだものである。
 現在の各兵団は、殆んどみな慰安婦団を随行し、兵站の一分隊となっている有様である。第六師団の如きは慰安婦団を同行しながら、強姦罪は跡を絶たない有様である。
 嘗て聞いたところによれば、北京附近の中国古老は、団匪事変のとき、欧米各国兵が掠奪強姦の限りを尽くしたのに、ただ独り日本兵のみが、軍、風紀森厳にして寸毫も冒すことなかったことを回想し、どうして今の日本兵がかくも変わったのかと痛嘆したとう。」

「団匪事件」というのは義和団の乱のことだそうで、保守派もそのことを取り上げ、「日本軍の軍紀は世界一厳正だった」などと言っていたりする。でも、この時既にその誇るべき「軍紀」はとっくに乱れていたことが窺える。
戦後数十年経過した段階から私たちは見ているので、「戦前」ということで全て一纏めにしてしまっているけれども、一口に「戦前」と言っても、義和団の乱から「上海事変」までには三十年以上の差がある。
(ちょっと分からないのだけど、「南京事件(昭和十二年)」と「上海事変(昭和七年)」は違うと思うのだが、コメント主が「南京事件の時に強姦が多発した」と言ったのは別の史料に基づくのだろうか。「二、三の強姦罪が発生した」ということを「多発した」と表現するのはひどい誇張だと思うのだが……)

>今でいうと月100万くらい稼いでいたみたいだし。元締めは現地人。

「軍慰安婦」が高級だというのは地元のインフレを無視した妄想。しかも、軍票払い。
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120323/1332519449
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120324/1332599274
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120325/1332693277
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120328/1332947621

これも知らなかった。元軍慰安婦の証言として「将校たちの宴会に呼ばれる回数が増えてきた。それはうれしいことだった。チップの現金収入があるし、そのあいだだけでも慰安所で兵士の相手をする時間が減ったからだ」というものがあった。私には非常に実感が込められた話のように思われる。大川隆法やその信者たちは、「これも全部ウソ!作り話だ!!」と決め付けるのだろうか。

そして、その元締めを選定していたのは軍。
http://www.geocities.jp/yubiwa_2007/gunnianjyo.html


>軍は委託しただけ。
>雇用関係まで日本軍の仕業にすんな。

以上のように日本軍自らが、「特殊慰安所」の設置・運営に深く関与していた。

ふむ。

「強制連行は無かった」?

間違い、強制連行は確かに存在した。
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20130526

有名どころでは「白馬事件
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20120225/p1
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20120226/p1


中国や東南アジア・太平洋地域の占領地においては、業者を介さず、軍が直接、慰安婦を徴集していた。
http://www.geocities.jp/yubiwa_2007/gunkyouseirenkou.html

「当時は合法だった」?

娼妓取締規則(明治三十三年十月内務省令四十四号)で以下のようになっている。
http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20070601/1180654578

第一条 十八歳未満の者は娼妓たるを得ず

第三条 娼妓名簿に登録は娼妓たらんとする
者自ら警察官署に出頭し左の事項を具したる書面を以て之を申請すべし

第六条 娼妓名簿削除申請に関しては何人と雖妨害を為すことを得ず


「軍慰安婦」に18歳未満の者が多数存在していた。
「軍慰安婦」の登録された娼妓名簿を提示できたものは存在しない。
「娼妓名簿削除申請」をおこなった「軍慰安婦」がいた証拠が皆無。


また、「婦女・児童の売買を禁止する国際条約」という、未成年の女性を売春に従事させることを禁止し、成年であっても、詐欺(誘拐)などによる強制的手段が介在していれば刑事罰に問われることを定めた国際条約がある。

内務省警保局長通牒』は初めから「北支、中支方面に向ふ者に限り当分の間之を黙認」して出国に必要な「身分証明を付与」すると違法行為を指示している。

なるほど。

私の感想

やっぱりあったんじゃん、ということが分かった。カルト新聞コメント欄の匿名氏、ありがとうございます。
自称保守派は吉田某の証言の一部が創作であったことを以て「強制連行は無かった」と言い、「従軍慰安婦」という呼称がなかったことを以て「従軍慰安婦は無かった」と言っているが、部分否定を全体否定にすり替えるという詭弁を行っていると思う。
自虐史観」ということとはまた別の問題である。南京事件と一緒にするのも間違い。「日本軍は世界一軍紀が良かった」などというのも、当時からすれば既に三十年以上前の話であった。元慰安婦の証言が仮に当てにならないのだとしても、史料に基づいた話は確実である。
また、上で引用した岡村寧次大将の回想では、「第六師団の如きは慰安婦団を同行しながら、強姦罪は跡を絶たない有様である」と言っていることからすれば、「慰安婦」が居ても居なくても強姦は発生するということが分かる。「米軍は性欲解消のために風俗を利用せよ」と言った橋下の言い分は全く的外れである。
その三十年前の「団匪事件」の時は「慰安婦団」など無くても「ただ独り日本兵のみが、軍、風紀森厳にして寸毫も冒すことなかった」ということも併せて考えれば、日本兵の質そのものが劣化していたんだろうな、ということは窺える。
あげられた史料を見る限り、軍慰安所はあったし、日本軍に随行する慰安婦は居たということになる。
このことに限らず、一部の話なのか全体の話なのかはよく区別しないといけないと思う。
幸福の科学」による号外配布事件も、「霊言」に基づくという前提がおかしいのはもとより、論理展開に於ても、一部の否定を以て全体の否定をするということをやっていることがおかしいのだろう。