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幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

大川隆法は思想的にニーチェと似ているという自覚はあるらしい

個別記事紹介

以前、うちの掲示板の

こちらのスレッドで、一般の方から「ニーチェ大川隆法の思想は似ている」という指摘がありました。私もそれを機にニーチェを読んでみましたが、確かに似ている部分がありました(詳しくは上記リンク先をどうぞ)。
それで、最近、『ニーチェの霊言』なるものが出版されたそうで、私は未読なのですが、ザ・リバティwebで紹介記事がありまして、このような記述がありました。

ちなみに幸福実現党は国防を重視し、幸福の科学は「悟りによる人間性の向上」を目指しているが、時折、それらをヒトラーやニーチェと同質であるかのように誤解する人もいる。その誤解を解くキーは、霊言収録後に大川総裁が述べた次の言葉(抜粋)にあるだろう。
「(ニーチェやヒトラーと幸福の科学の)違いは何かというと、やはり、『正義とは何か』ということを追求しているところです。人種や国籍などに所属するものではなく、『人種や国籍を超えた世界正義というものを考えている』ということです」

ということで、思想的に似ているという自覚はあるようです。私は詳しくは知りませんが、ニーチェやヒトラーは『正義とは何か』ということを追求しなかったのでしょうか。追求したからこそ、ユダヤ人を強く排斥したのではないでしょうか。
私、『元従軍慰安婦の守護霊の霊言』や、それに基づく教団ぐるみでの号外配布による人権侵害(セカンドレイプ)事件を見ていると、やっぱりヒトラーと同質の民族主義ではないか、と思ってしまいます。まともな信者や職員さんは、どう思われますか?

ニーチェが言ったことは「神は死んでいない」ということらしい

信者の皆様は、恐らく「ニーチェ」は読んだことがないでしょう。二世信者であった私も、つい先頃まで読んだことはありませんでした。折角なので、少し紹介します。
適菜収著『ニーチェの警鐘』(isbn:9784062727563)より。

ニーチェは「神は死んだ」と言いました。
漫画の『ドラえもん』にも登場するくらい有名な言葉なので、哲学に興味がない人でも小耳に挟んだことがあるかと思います。
でもその言葉の意味となると、正確に理解している人は少ない。
たとえば、こんなことを言う人がいます。
ニーチェは神の死を宣告した。当時のヨーロッパで神の存在を否定したのは、身の危険を顧みない非常に勇気ある行為だった」などと。
これは完全に勘違いです。
当時のドイツでは無神論が流行していました。
「神なんていない」「宗教は迷信だ」なんてことは、誰でも言っていたのです。
では、ニーチェが言ったことはなにか?
「神は死んでいない」ということです。
(「はじめに」より)

以下、詳しい説明が書かれていますが、気になる方は読んでみて下さい。
また、適菜氏は、別の箇所ではこのように述べています。

ニーチェは単純な無神論者ではありません。
「私は、多くの種類の神々があることを疑うことはできない」(『権力への意志』)
「私たちが袂を分かつゆえんは、歴史のうちにも、自然のうちにも、自然の背後にも、私たちがなんら神を見つけださないからではない」(『反キリスト者』)
ニーチェが批判しているのは、《神》ではなくて、《神として崇められていたもの》です。
それは教会が生み出した《人工の神》です。
自然や大地、民族、固有の歴史から切断された《不健康な神》です。
(第二章『ニーチェの警鐘』より)

云々と。
私もそうだったけれど、恐らく、「幸福の科学」信者の大半は、ニーチェを読まずに誤解しているのだろうと思います。まあ、私が読んだ限りでは、かなり不快な気分になったので、信者の方にもアンチの方にも(物好き以外には)オススメはしないけれど、従来の宗教に対するニーチェの批判を経て現代文明というものが出来上がってきたということはよく分かりました。もっと詳しい感想は、前掲リンク先をご参照下さい。