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幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

これは聞き捨てならない

from:ainotaigaさん


ueyonabaruさん

おっしゃる通りアンチの基本教義への批判は見た事無いですね。アンチにはディベートが必要ですね。

私はこのブログでもう何回もやっているんですが……。逆に、私の教義批判に対して、信者側からまともな反論が来たことはありません。
でも、その理由は分かります。議論を重ねれば重ねるほど、「幸福の科学」教義の間違いや矛盾、嘘や欺瞞、思想的レベルの低さなどが明らかになってしまうからです。「信者」を続けるためには、理性を麻痺させ、人間としてのまともな思考能力を停止させて、ゾンビのようになって生きるしかありません。

牽強付会をする信者

 さて、この昭和五十六年という年は、幸福の科学大川隆法先生が大悟された年でもあり(3月23日)、大川先生の誕生日は1956年7月7日であり、567という弥勒の数字が並ぶ年月に該当する。

 さらに、大川先生は7月7日午前7時に徳島県川島町で出生しており、J.S.T.から経度差と均時差により当日の当地における真正太陽時を求めると、ほぼ午前7時7分の誕生となる。

 即ち先生は567の弥勒の数字の後に777と完成数が3つ並ぶ時刻に出生されたのである。

無知というのは恐ろしいですねえ……(中川隆(現・大川隆法)の誕生日は七月七日ではありません - 幸福の観測所参照)。
だいたい、他宗の教祖の言葉を持ち出して自分とこの教祖を正当化しようとするのは如何なものか。
しかも、「その事を表象する何らかの事柄が此の五十六年七月にあらわれるであろう」と言っているのに、「昭和五十六年七月」に大川隆法にあらわれた出来事について言及していないという杜撰さである。牽強付会をするなら、もっと徹底してやればいいのに。

 谷口雅春先生に当時降りたインスピレーションは、表面的には「大和の国の神示」の発見を意味したが、隠された深い意味として「大和の国の神示」を降ろした神が、言外に10年後の仏陀再誕を預言するという二段構えの霊告であったのだ。

この論調にはセンスを感じる。読むと、谷口雅春は「仏陀再誕」などとは一言も言っていない(「仏陀」とも「再誕」とも言っていない)のに、「言外に10年後の仏陀再誕を預言する」と言ってのけることは、相当なハイセンスの持ち主でなければできないことである。
「隠された深い意味として」とか「言外に」とかいう表現が素晴らしい。こういう言葉を駆使すれば、どんな事柄でも牽強付会に結びつけられそうである。

追記:「五六七」について

「五六七」と書いて「みろく」と読ませて特別な数字として取り扱うことは、出口王仁三郎がオリジナルと思われます。
その考え方に基づいて、出口王仁三郎は56歳7ヶ月のとき、救世主宣言を行ったようです。

1928年(昭和3年)3月3日、満56歳7ヶ月の王仁三郎は綾部で「みろく大祭」を挙行、自身が弥勒菩薩・救世主であると宣言した。

とのこと。
出口王仁三郎が誠実だと思うのは、後に自分を指して「ニセモノじゃ」と言ったことです(出口王仁三郎の予言する真の救世主-日本の予言など参照)。さて、大川隆法には「ニセモノ宣言」が出来る誠実さはあるでしょうか。
尤も、KK信者脳では、出口王仁三郎のこの言葉も「隠された深い意味として、言外に仏陀再誕の予言をしたものである!」ということになってしまうのかも知れません。
一方、大川隆法も今年の七月(または六月)で五十七歳なので、五十六歳と七ヶ月のときに何があったかと振り返ってみると、何もありませんでした。五十六歳と五ヶ月ぐらいで「仏陀再婚」事件はありました。
そもそも、「幸福の科学」では「五六七」を神聖な数字としているわけでもないし、id:ksugawara氏の見解は、KK教義的にも牽強付会すぎると言えそうです。