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幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

スピリチュアルな話あれこれ

おすすめテレビ番組『神社百景 GRACE of JAPAN』

公式サイトはこちら。

BSジャパンで毎週日曜夕方六時からやっている番組、毎回、どこかの神社について一時間たっぷり紹介しています。
私は5月12日の貴船神社の回を偶然テレビ欄で見かけて、録画して、そのまま永久保存版になり、番組自体も毎回観るようになりました。
画作りがとてもうまく、見ているだけでも癒されますし、宮司さんや、その周辺の人たちの話がとても参考になります。信者・アンチを問わず、老若男女を問わず、日本人であれば誰でもオススメです。日本に生まれて良かった、と思える番組です。

現時点での本音のところ

元信者の皆様や、会内アンチの皆様、退会を迷っておられる方などに伝えたいことです。
私は、大川隆法は神ではないということが分かったので退会しましたが、神様への信仰を捨てたわけでもないし、スピリチュアルなことを全て否定したわけでもありません。
幸福の科学」を退会して約一年半、スピリチュアルなことも勉強してきました。
他の「霊言」で学んだり(シルバーバーチ)、他の宗教の研修や式典に参加して信者の方と交流したり(大本教及び大本信徒連合会やいのフェス)、様々な神社等のパワースポットへ参拝したり(富士山頂の浅間神社、江ノ島神社・厳島神社・都久夫須麻神社の日本三大弁天、貴船神社、小椋神社、春日大社伊勢神宮日吉大社、大杉神社、榎木大明神等々)、ということをしてきました。
その過程で、「幸福の科学」で教わったスピリチュアルな教えについて、やはりでたらめが多いということが判りました。
「霊界の次元構造説」とか「魂の兄弟理論」とか、それらに基づく「転生輪廻説」とか、或いは「宇宙から来た魂」とか、そういうのは全部でたらめです。これらはそもそも、高橋信次が説いた教えを、大川隆法はそのままパクっただけです。しかも、のちに大川隆法高橋信次を否定したにも関わらず(「方便の時代は終わった」)、その教えの部分だけを残し、逆に「高橋信次幸福の科学を乗っ取ろうとした」などと言うのだから、盗人猛々しいとはまさにこのことです。
しかし、高橋信次大川隆法という化け物を生んだとも言えます。高橋信次理論を突き詰めると、「幸福の科学」というカルト教団が出来上がるということです。誤ったスピリチュアリズムに基づいているため、「幸福の科学」などと言いながら、信者が幸福になることはありません。
「霊言」なんて、この世的な知識さえあれば、実は誰でもできます。心検でもやっていましたし、私も書き言葉でですが、実験したことがあります。初めてでも割と簡単にできるものです。慣れればお手の物でしょう。
大川隆法は、表面意識で語っているだけです。「古代マガダ語」と称するものもでたらめです。「古代マガダ語」は喋れるのに、現代アラビア語や現代韓国語は喋れないという矛盾はどう考えても説明できません。「霊が喋っているのではない、大川隆法の表面意識が喋っているのである」とすれば、全てが氷解します。
強いて「大川隆法の功績」と呼べるものがあるとすれば、高橋信次の霊界理論がでたらめであるということを証明したことです。
大川隆法の失敗の原因は、高橋信次の教えの中にある誤りに気付いたとき、それを徹底して反省することが出来なかったことです。実は根っこから腐っていたのに、大川隆法はなまじ頭が良いため、表面だけ取り繕って体裁を整えてそれらしく見せることができてしまった。その結果、「幸福の科学」の教え及び組織全体に腐食が進み、今やもう風前の灯になりました。
幸福の科学」には、非常に心の純粋な方が多くいます。それは私もよく知っています。そういう人たちと交流できなくなったというのは、私も悲しいことです。
思うに、もし、本当に「天上界の計画」なるものがあり、「幸福の科学」には天使やその候補生たちが集っているのだとしたら、その天使たちは、「エル・カンターレ信仰」という名の魂の牢獄に閉じこめられ、捕らわれてしまっているということになります。本来、もっと人々を愛し、自然や動物たちを愛し、世の中を良くするために生まれてきた人たちが、大川隆法という単なる俗物の飽くなき欲望のために個人崇拝をさせられ、時間とエネルギーを奪われてしまっています。そういう風に考えても、大川隆法は天使たちの本来の仕事を邪魔しているのだから、「大悪魔」であると言えるでしょう。
例えば、原発推進は明らかに誤りです。かつて説いていた「地球意識が嫌がっている」という説明の方が正しかったです。そのように「原発廃止」を唱えていた頃の大川隆法は、まだ良心があったのでしょう。今は、大川隆法の頭の中には経済効率のことしか頭にないようで、天使たちをして原発推進という悪魔の仕事をさせている。天使を悪魔の手先に変えてしまっています。何と罪深いことでしょうか。
「地上ユートピア化」という理想は素晴らしいです。そのことはアンチと雖も否定できません。しかし、それはやはり、身近な所から始まります。「家庭ユートピア」という教えも素晴らしかったです。
それなのに、「家庭ユートピア」という教えを忘れ、説いた本人さえそれを実現することができず、幾ら世間に対して自分たちの正義を主張しても、「ユートピア」は全く進みません。
大川隆法は「法を説くは師にあり、法を伝えるは弟子にあり」と言いました。その言葉の中に決定的に欠けているのが「実践」です。「幸福の科学」には、法を実践する人がいないのです。師も実践しなければ、弟子も実践しません。強いて言えば、愛想を尽かして会を離れていった人たちが、自主的に実践しているということになるでしょうか。
そこの「幸福の科学」信者のお母さん、「幸福実現党」の選挙活動をする暇があったら、少しでもご主人や子供たちのことを考え、そちらに時間を費やすべきです。それがあなたの本来の仕事です。そこの「幸福の科学」信者のお父さん、選挙活動よりも仕事に愛を込めることです。余暇はちゃんと休息したり、勉強したり、家族サービスをしたりすることの方が遙かに重要です。人間として真っ当に生きていない人が、幾ら外へ向かって活動したって、何の影響力も説得力もありません。
支部長さんや職員さんたちにも言いたいです。宗教の仕事は「抜苦与楽」です。日本は豊かだとは言っても、苦しんでいる人が沢山います。格差社会が進み、年寄りも若者も、食うに困るほど貧しくなる人たちも出てきています。自殺者数が十五年ぶりに三万人を切ったと言っても、やはりまだまだ沢山います。ニートは過去最多の63万人だそうです。植福集めがきつくて困窮している信者さんたちも少なからずいます。
私は四月頃、たまたま仰木の里へ向かう電車の中で、「幸福の科学学園関西校」の親子と思われる人たちと隣合わせになることがありました。その顔や服装を見ていたら、お化粧も殆どしていないようだったし、「一体何年前、いや何十年前の服だろう」と思うぐらいのよれよれの服を着られていて、見るからに貧しい雰囲気を漂わせていて、本当に可哀想になりました。お母さんたちは、自分のことはとにかく切り詰めて、お布施を優先されているのでしょう。純粋な人たちを騙して搾取しながら、格差社会を肯定し、自分は高級腕時計を幾つも買い集めて自慢するという、そういう大川隆法の無神経を私は絶対に許せません。
職員さんたちは、それでも「霊性革命植福」などと言って貧しい信者から搾取を続けますか?あなたの仕事は、本当に天使の仕事ですか?大川隆法が言うように、格差社会を推し進めることが、本当に神の御心に適っていると思うのですか?「トリクルダウン」は起きません。「トリクルダウン」理論は、「持てる側」の巧妙な説得術であり、机上の空論です。歴史に学ばない人たちの戯言です。
貧困を無くすということは宗教の役割の一つでもあります。人を苦しみから救うべき宗教が、逆に貧困を生み出してどうするんですか?格差社会を推進する「幸福の科学」の教えこそ、悪魔の教えです。確かに、極端な平等思想の中にも悪魔は潜んでいるかも知れません。しかし、「幸福の科学」の格差社会推進の教えは、逆の極端です。どちらの極端も間違いです。
生前の釈尊も「中ほどがよい」と言われたのではないですか。
人の幸福は、平凡な中から始まります。
良識ある職員の皆様には、是非とも考え直して戴きたいです。

追記:菜食主義と霊性について

幸福の科学」で説かれてない重要なポイントとして、菜食主義を進めると霊性が向上する、ということがあります。
外国人ではスティーブジョブズとかマイケルジャクソンとかが有名なようですが、日本でも、

こうして見ると結構います。私は『聖☆お兄さん』の著者の中村光さんの影響で、ベジタリアンに興味を持ち始めました。
シルバーバーチの言葉としても「人類は霊性の進化と共にその大半が“菜食主義”になってゆく」というものがあるようですが、他の真っ当なスピリチュアリズムでは、肉食を否定します。

こちらにベジタリアンの分類がありますが、この順番(動物の肉>魚肉>乳製品・卵>野菜>果物)で霊性が高いと見てよさそうです。この上があるとすれば、インドでは「サンゲイジング」と言って、食べ物を食べずに太陽を見つめるだけでエネルギーを得て生きている人もいるようですが、本当かどうかは怪しいものです。
幸福の科学」では、肉食を肯定します。私が学んだところでは、「生命を奪われて痛みを感じるのは植物も同じだ。牛や豚というのが食用に適しているのは、神様が人間に食用として与えたものだからだ。人間の食用になるというのは、動物たちにとっては名誉なことであるのだ。だから、感謝して食べればいいのだ」というような説明でした。今思えば、これは全て大川隆法お得意の自己正当化です。
本当に植物の痛みまで感じてしまうようなスピリチュアルに深い人は、「生命を奪われて痛みを感じるのは植物も同じだ」というまでは同じで、「だから、植物も口にはできない」という風になります。これが本物と偽物、正直者と詐欺師の違いです。
私も実際に屠殺の現場を見たことはありませんが、

こちらのレポートなどは読みました。勇気のある方は読んでみて下さい。

食肉の裏側を見て「感謝しよう。」
そういう人は多いでしょう。
私も以前はそうでした。
命に申し訳ない事をしている。
罪の意識を感じているからこそ、感謝と言う事にして自分の罪を軽くしたかったのです。
エゴでした。
そしてそれは「食べなければならない。」が前提になっているからなんだと思います。
動物問題を知る前「ブタがいた教室」を見た時の私がそうでした。


食べたくなければ食べなくてもいい。
それだけ。
心が痛いならそれに従ったらいい。
自分の心に蓋をするのを止めたらいい。
とてもシンプルな事だと言う事に気付いたら世界が変わる。


真実を知れば知るほど、見える景色が変わってくる。
見学を終えて見た景色は、更に曇り空に変わっていた。
真実に向き合う事は苦しいかもしれない。
でも私は貧しい心で生きるより、その苦しみを選ぶ。
君達と人間の笑顔がみたいから。

私はこのまとめの言葉に非常に共感しました。
食卓に並んだ肉を見て、家畜としてただただ肥えさせられ、食用のために殺された動物たちの苦しみを思い浮かべると、普通の感覚なら食べるどころか吐き出してしまうでしょう。
魚が痛みを訴えることはありませんが、やはり苦しそうに口をパクパクします。人間は釣り等を正当化させるため、「魚には痛点がない」ということにしてやっていたりしますが、それは嘘だという研究結果もあるようです。動物の生命を奪うというのは恐るべきことです。
過去の食料難の時代なら兎も角、文明が進んで安定した農業もできるようになった現在、肉食を続ける理由はありません。「霊性革命」というなら、まず肉食を止めるべきです。
肉食系女子」とか「草食系男子」とかいう言葉にも惑わされてはいけません。人間の歯を見ても、本来、肉を嚙みきれるようにできていないことは明らかです。人間の肉体そのものが草食系として作られています。
幸福の科学」ではレプタリアンなどと言っているようですが、肉食を肯定する「幸福の科学」は「レプタリアン教」です。従来の仏教がどうして肉食を否定しているかと考えてみると、それは霊性的な理由もありそうです。
かく言う私も、肉食を完全に止められたわけではありませんが、出来るだけ口にしないようには心がけています。外食で肉を一切口にしないというのは難しく、ダシまで考慮すると、ハードルは高くなります。でも、少なくとも毎食肉を喰らうということは無くなりました。