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幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

大田俊寛著『現代オカルトの根源』(ちくま新書)読書感想文

レビュー 二世信者 教義批判 霊性進化論 重要

2013年7月10日発行、副題は「霊性進化論の光と闇」。神戸さんのtwitterで知りまして、早速購入して読んでみました。
「霊性進化論」というテーマで、ブラヴァツキー夫人の神智学から始まって、シュタイナーやエドガー・ケイシーを経て、オウム真理教GLA、「幸福の科学」に至るまで貫かれているオカルト思想について、その系譜を明らかにしています。
後ろの帯に書かれてある【本書で取り上げる人物・団体】リストには、

ブラヴァツキー夫人/チャールズ・リードビーター/ルドルフ・シュタイナーエドガー・ケイシー/ジョージ・アダムスキー/ホゼ・アグエイアス/デーヴィッド・アイク/オウム真理教幸福の科学

とあります。
ざっと読んでみたところ、他にも、クリシュナムルティ浅野和三郎高橋信次桐山靖雄等にも言及されていました。
よく纏まっていて、「幸福の科学」の思想的なルーツが一望できました。信者・アンチ問わず、参考になるかと思います。
以下、気になった箇所を引用しつつ紹介していきます。

「霊性進化論」について

人間の霊魂は、輪廻転生を繰り返しながらさまざまな経験を積み、霊性のレベルを向上させてゆくのである。
(中略)
しかし、他方、その道を転落し、「獣人」へと退化・堕落してしまう霊魂も存在する。(中略)人間の存在を、霊性の進化と退化という二元論によって捉えようとするこの図式を、本書では「霊性進化論」と称することにしよう。(p.16)

オウム真理教の教義について述べている部分ですが、私は、「幸福の科学」教義と殆ど変わらないことに驚きました。用語こそ違いますが、殆ど変わりません。

核戦争が起きる状態が来ている。それを止めることができるのはあなた方だけなんだ。あなた方は何をやればいいか。愛だよ。本当に隣人を愛することができれば、あなた方は救うことができる。(p.12)

これも麻原彰晃の言葉です。言い方に違いはあれども、論理の組み立て方や思考パターンは、大川隆法と殆ど変わりません。

オウムの背景に存在していた「霊性進化論」という思想体系がどのような来歴を持つのか、また、どのような仕方で社会に普及しているのかということを問うことにしたい。このような思想は、果たしてオウムのみに特有のものだったのだろうか。結論から言えば、決してそうではない。それは、オウム以外の新宗教やオカルティズムの諸思潮、ひいては、SFやアニメといったサブカルチャーの領域に至るまで、実に広範な裾野を有している。(p.17)

ここは鋭い指摘だと思いました。「幸福の科学」信者でも、二世信者や青年層はアニメ・ゲーム好きが多く、特に「幸福の科学」の教えと親和性のある、輪廻思想や神話や宇宙が舞台のものを好む傾向がありました。
こういう人たちは、仮に「幸福の科学」を辞めても、「霊性進化論」の呪縛から一生解き放たれることはないのでしょう。「幸福の科学」の別派であるレムリア・ルネッサンスにしても然りで、カルト宗教を脱会しても、自分の中にあるカルト的思想の根っこを抜かなければ、根本的な解決にはなりません。二世信者にとっては、特にこの点が問題になってくると思います。
**「被害妄想の結晶化」
少し飛ばして、爬虫類人(レプティリアン)陰謀論のデーヴィッド・アイクについて述べられた部分からです。

アイクの書物に見られる「爬虫類人による人間の家畜化」「アーリア陰謀論」「邪悪で狡猾な宇宙人」といった要素は、従来のさまざまなオカルティズムの思潮に由来するものであり、彼の理論は、それらに改変や折衷を施すことによって作り上げられている。また、本書で見てきた他の例と同様、彼の世界観においても、神人と獣人の対立という二元論がその基調を成しているが、アイクに見られる顕著な特徴は、そうした二元論における負の存在の影響力がとりわけ強調されていることによる。
古来、悪魔や悪霊といった存在は、不安・恐怖・怨念といった否定的感情、あるいは過去に被った心的外傷を、外部に投影することによって形作られてきた。近代においてそれらは、前時代的な迷信としていったんはその存在を否定されたが、しかし言うまでもなく、それらを生み出してきた人間の負の心性自体が、根本的に消え去ったというわけではない。そうした心情は今日、社会システムの過度な複雑化、地域社会や家族関係の歪み、個人の孤立化などによって、むしろ増幅されてさえいるだろう。一見したところ余りに荒唐無稽なアイクの陰謀論が、少なくない人々によって支持されるのは、「爬虫類型異星人」というその形象が、現代社会に存在する数々の不安や被害妄想を結晶化させることによって作り上げられているからなのである。(p.177)

この辺も非常に理知的で分かりやすい説明でした。

神智学と「幸福の科学」の共通点

ブラヴァツキーやリードビーターによって確立された神智学の歴史観と、『太陽の法』に示された幸福の科学の歴史観のあいだには、主なもののみに着目しても、次のような類似点が存在する。


(1)宇宙全体は一つの高度な意識体であり、そこから恒星や惑星の霊が派生していった。そして太陽系の星々は、「太陽神」や「太陽系霊」と呼ばれる霊格によって創造された。
(2)地球における諸文明は、一定の周期に従って栄枯盛衰を繰り返している。それに伴い、レムリアやアトランティスといった大陸の隆起や沈没が生じた。
(3)各文明は、高次元の霊的な存在によって統括・指導されている。神智学においてそれは「白色同砲団の大師」と呼ばれ、幸福の科学では「九次元霊」と呼ばれる。
(4)現在の地球の頂点に位置する霊格は、金星から到来した。神智学ではそれは「サナート・クマーラ」と呼ばれ、幸福の科学では「エル・カンターレ」と呼ばれる。
(5)かつて人間には「第三の眼」があり、超能力を駆使することができたが、歴史の過程でそれを喪失してしまった。
(6)ルシファーの反逆によって、「光の霊」に対立する「闇の霊」が生まれた。人類文明は、光の霊に導かれることによって繁栄を遂げる一方、闇の霊に支配されることによって破局を迎える。


本書によってこれまで概観してきたように、霊性進化論は、ブラヴァツキー夫人の『シークレット・ドクトリン』によって端緒を開かれて以来、きわめて多様なそのヴァリエーションを生み出してきた。そして、『太陽の法』を始めとする大川の著作は、神智学やニューエイジ関連の書物を情報源とすることによって組み立てられた、日本的ヴァリエーションの一つとして理解することができる。(p.229)

ここも殆ど納得です。
要は、「偉大なるエル・カンターレの悟り」などと言っても大川隆法は、実は何一つオリジナルを生み出しておらず、神智学やその後の系譜のパクリに過ぎなかったということですね。一切オリジナルではないにも関わらず、自分がオリジナルだと主張する。困ったものです。何でも「ウリがオリジナルニダ!」とか言って、自分たちが起源を主張する、どこかのお隣の国の精神性によく似ています。

幸福の科学」の説く「レプタリアン」について

かつて神々に対する反逆を起こし、地獄界を作り上げることになった堕天使ルシフェルも、レプタリアンの一人であった。悪魔を含むさまざまなレプタリアンたちは、我欲と闘争の原理に立脚し、世界に紛争の種を撒き散らしている。彼らは「裏宇宙」を住処としており、その領域の最内奥には、「アーリマン」と呼ばれる邪神の首領が君臨しているとされる。
レプタリアンに関する大川の思弁は、一見したところきわめて奇異なものに映るが、オカルティズムの世界的状況を視野に入れれば、むしろありふれたものであることが理解される。前章で触れたように、デーヴィッド・アイクが一九九九年に『大いなる秘密』を公刊して以降、「爬虫類人陰謀説」は世界中で流行しており、大川の宇宙人論は明らかに、それを翻案することによって組み上げられているからである。
また、邪神の首領がアーリマンと名指しされることに対しては、ルドルフ・シュタイナーの著作からの影響が窺える。第一章で見たように、シュタイナーはアーリマンを「ダーウィン主義の偉大なる教師」と呼び、弱肉強食による進化の原理を広めることにより、人間に内在する神の資質を曇らせてしまう存在と位置づけた。そしてそれを、キリストによる霊性進化の原理と対峙させたのである。
大川もまた、シュタイナーと同様、レプタリアンの依拠する原理を動物的進化と捉え、それに対抗するために、エル・カンターレ信仰に基づく愛と調和による霊的進化の重要性を説いている。総じて言えば、動物的進化と霊的進化の対立というこうした二元論の枠組みは、ダーウィンの進化論に抗して霊性の進化論を構築することを企図したかつてのブラヴァツキーの着想を、飽くことなく反復したものなのである。(p.238)

なるほど、こうして解説されると、非常によく分かります。

「霊性進化論の光と闇」

副題の部分ですが、「おわりに」のところにまとめがありました。

人間を単なる物質的存在と捉えるのではなく、その本質が霊的次元にあることを認識し、絶えざる反省と研鑽を通じて、自らの霊性を進化・向上させてゆくこと。それが霊性進化論の「正」の側面であるとすれば、しかしこの思考法は、その裏面に強烈な「負」の側面を隠し持っている。端的に言えば、霊性進化論は往々にして、純然たる誇大妄想の体系に帰着してしまうのである。そうした負の側面について、特に三点を指摘しておこう。

ということで、ちょっと長くなりますが、「幸福の科学」がどうしてこうなったかということや、今後、私たちが二度とカルト宗教を生み出さないためには、ということを考える上でも非常に参考になりますので、以下引用します。

(1)霊的エリート主義の形成
霊性の進化論においては、人間の有する霊性が実体的なものとして捉えられ、しばしばその性質に対して、レベルや種別の区分が設定される。そして霊性進化の信奉者たちは、その思想に慣れ親しむうちに、自分こそは他の人々に先んじて高度な霊性に到達した人間であると考えるようになる。また、その集団においては、最高度の霊格の持ち主と見なされる人物が「神の化身」として崇拝され、他の成員たちは、彼の意思に全面的に服従することを要請される。それとは対極的に、集団の思想を理解しない者、その体制や運動を批判する者に対しては、「霊性のレベルが低い」「低級霊や悪魔に取り憑かれている」「動物的存在に堕している」といった差別意識が向けられ、しばしば攻撃が実行される。

まさに「幸福の科学」にドンピシャに当て嵌ります。
最後の一文については、私がつい最近体験した例だと、

この辺ですね。大川隆法も、きょう子氏追放騒動や種村氏除名騒動の時に見られるように、よく他者を攻撃する際に「悪魔」を持ち出します。

(2)被害妄想の昂進
霊性進化論の諸思想は、その端緒においては、目に見えない世界の法則をついに探り当てたという喜びと昂奮によって、楽観的な姿勢で運動を拡大させる。しかし、その思想や団体が社会的に認知され、一定の批判を受けるようになると、彼らの思考は急激に「被害妄想」へと反転する。すなわち、目に見えない闇の勢力によって自分たちは攻撃・迫害を受けており、真理を隠蔽されようとしていると思い込むのである。その論理はしばしば、闇の勢力が広範囲にわたるネットワークを形成しており、人々の意識を密かにコントロールしているという、陰謀論の体系にまで発展する。

これも、私が最近見た例だと、

この記事などですね。
大川隆法も、

f:id:antikkuma:20130713233033p:plain
こんなことを言っています。

(3)偽史の膨張
霊性進化論は、「人間の霊魂は死後も永遠に存続する」というプリミティブな観念を、近代の科学的な自然史や宇宙論のなかに持ち込もうとする。その結果、地球上に人類が登場する前から、さらには地球が誕生する前から、人間の霊魂がすでに存在していたという奇妙な着想が引き寄せられることになる。そしてこのような論理から、人類は地球に到来する舞えに別の惑星で文明を築いていた、あるいは、有史以前にすでに科学文明を発達させていたなど、超古代史的な妄想が際限なく膨張してゆくのである。歴史は、光の勢力と闇の勢力が永劫にわたって抗争を続ける舞台となり、両者の決着が付けられる契機として、終末論や最終戦争論が説かれることもある。

これも全て「幸福の科学」に当て嵌ります。

これまでの議論を総括すれば、霊性進化論とは、近代において宗教と科学のあいだに生じた亀裂に対し、その亀裂を生み出す大きな原因となった「進化」という科学的概念を宗教の領域に大胆に導入することにより、両者を再び融合させようとする試みであったと理解することができる。
本書において、約一五〇年のあいだに生み出された霊性進化論の数々のヴァリエーションを概観してきた今、その理論が実際には、妄想の体系以外のものを生みだしえないということを、もはや結論して良いと思われる。しかし、果たしてわれわれは、その思想を一笑に付して済ますことが許されるだろうか。それもまた、余りに一面的な短見と言わなければならないだろう。なぜなら、宗教と科学のあいだに開いた亀裂、すなわち科学的世界観や物質主義的価値観のみで社会を持続的に運営することが本当に可能なのか、長い歴史において人間の生を支え続けてきた過去の宗教的遺産を今日どのように継承するべきなのかといった、霊性進化論を生み出す要因となった問題は、根本的な解を示されないまま、今もなおわれわれの眼前に差し向けられているからである。

というのが著者の結論です。理解のある著者だなあと思います。
私は、そういう思想に二十数年親しんできた者として、寧ろ、一笑に付して済ます社会であって欲しいです。こういう非常識なカルト的思想を一笑に付して済ますような空気のある社会は、健全な社会だと思います。
なまじ理解を示そうとするから、彼らはつけ上がっていくのです。
思うに、宗教よりも、ゲームやアニメの方が影響力があって怖いかも知れません。こういったカルト的思想を醸成するようなゲーム・アニメが、日々、日本社会には垂れ流されているわけで、問題としてはそちらの方が遙かに大きいのかも知れない、とも思いました。