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幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

時東一郎著『精神病棟40年』読書感想文

レビュー 二世信者

藤倉さんの本をネットで購入したとき、オススメ書籍の中に入っていて、気になって一緒に購入したもの。
内容をざっくりと私の理解で纏めると、こんな感じである。
著者は幼少時、母と姉と弟を亡くして、暫くしてから父は再婚した。継母は、当初は優しかったけれど、新しく弟ができてからは、その継母に虐められるようになり、徐々に精神を病んでいく。高校生のときに、家出して上京して働くのだけど、やがて発狂して精神病院送りになり、それから入退院を繰り返すことになる。22歳に入院してからはずっと退院できておらず、以来40年間、精神病院で暮らしている、という人の手記。
日本の精神病患者に対する酷い扱いを告発したものでもある。
著者の他に、織田淳太郎という人が解説を書いている部分も収録されていた。例えば、

精神病院における一郎さんのような長期入院者は、「社会的入院者」と呼ばれる。
「本来の治療目的で入院しているのではなく、治療の必要がなくなったにもかかわらず、生活条件が整っていないために長期入院を続けている状態、またはその状態の患者のこと」──。これが、「社会的入院」の一般的な定義である。
平成14年12月、厚生労働省がこの社会的入院者の数を約7万2千人と発表した。つまり、精神病院において、「生活条件さえ整えば退院できる入院者が7万2千人いる」とした調査報告である。
しかし、この数字は各精神病院の主治医の主観によるもので、疑問視する声が圧倒的に多い。いくつかの自治体や精神医療の学会が独自に調査したところ、「控えめに見積もってもその倍は下らない」という概算結果が出た。その数、15万人以上。「いや、20万人はいるだろう」という声さえある。
現在、世界が保有する精神科病床は約185万床だと言われている。その中で、日本が保有するそれは、約35万床。実に、世界の5分の1にも相当する。入院者は31万3千人。「日本だから精神障害者が多い」という理屈は成り立つわけもなく、世界的に見て、これも異常な数字である(いずれも2009年現在)。

こんな感じである。私はこのような状況を全く知らなかった。
本来、閉鎖病棟に隔離されていなければならないような人(カルト教団教祖など)が野放しになり、このような「社会的入院者」が隔離され続けている、という状況は、おかしなことである。
時東氏の文章を読んでいると、精神異常者と健常者の違いというのは、ほんの些細なものだとも思った。それなのに、一度「精神病」と診断されると、「精神異常者」というレッテルを貼られてしまうし、薬漬けにされ、薬の副作用等により社会復帰も極めて困難になる。
しかも、そうやって社会復帰させないことが精神病院の狙いであり、わざと患者を抱えることで経営を成り立たせているそうなのである。酷い話だと思った。全ての精神病院がそうではないだろうし、現在は幾らか改善もされているのかも知れないが、本当に酷い話である。
時東一郎という人は、少年時代から絵を描くのが好きだったそうである。一般に、芸術家は、何かしら精神的におかしい面があったりするものである。それでも、優れた作品を生み出すということで、社会的に許されている面がある。もし、周囲に才能を認める人がいて、多少の奇行を許してくれたならば、有名な絵描きか漫画家になっていた可能性は高い。
実際に創作の才能はあるようで、これはだいぶ年を取ってからのことのようだが、新聞の川柳コーナーに投稿するのを趣味としていて、今まで400句以上の川柳が揭載されてきたそうである。
よく知らないけれど、現代医療では、精神病は脳機能障害だという風にされていて、だから投薬治療が行われているようである。過去の記事(幸福の科学では、精神病は治療できません - 幸福の観測所)でも精神病治療薬によって「廃人」のようにさせられてしまった人の例も紹介した。
時東氏の場合も、脳機能の問題というより、その生い立ちを見ても分かるように、明らかに継母からの虐待により、心を病んでしまったとしか思われない。薬で症状を緩和するよりも、もっと根本的な所から治療する必要があったのではないか。親から適切に愛されずに精神を病み、お医者さんにかかっても適切な治療を施されず、一生苦しむことになる。逃れることのできない、落ち込んでいくしかない負のスパイラルがそこにある。

精神異常者の「妄想」例

精神異常状態下での妄想についても書かれていた。
時東氏の文章から幾つか引用してみる。

皇室妄想

16歳で発病して以来、私は躁状態に伴う様々な妄想の渦に呑み込まれてきた。最初は皇室妄想だった。「自分は皇室の親戚で、由緒正しい血筋の人間なだ」というまったく馬鹿げた思い込みである。

関連妄想(関係妄想)

S病院からM病院に移った頃は、「関連妄想」とでも言うべき状態に陥っていた。すべての事象を自分の関連づけてしまう妄想である。
(中略)
この奇妙な関連妄想はM病院の保護室を出てからも、しばらく続いた。病棟のホールで見るテレビのカメラ目線の司会者に、私は良い気分になった。
「この人は俺の目を見て話している。俺に向かって話しかけているんだな」
ニュースでアナウンサーが誰かを賞賛しているときは、「ああ、俺の偉業を報道しているんだ」と、思い込んだ。その心の底には「世間に自分を認知してもらいたい」という深い欲求が潜んでいたのかもしれない。
私はまったくの「有名人病」に冒されていた。そのうち、「俺はこの世で一番偉い人間なんだ」と、思うようにもなった。周囲にもそう吹聴していたのだから始末に負えない。主治医にもこう釘を刺された。
「余計なことさえ言わなければ、君はそれほど病的に見られないんだがなあ。何とも正直な人間だよ」

等々。某大川隆法氏と何が違うのか。私には違いが分からない。
その他、この人の「精神異常」と呼ばれるような行動が書かれてあった。私も「似たようなことを考えたこともある」と思い当たる節が幾つかあり、私自身に対する一つの反省材料にもなった。

自分自身のこと

自分自身を振り返ってみると、やはり、過去には、異常な精神状態だった時期もあったと思う。その原因の一つが「幸福の科学」の信仰であり、その教えの中のオカルト思想だったことは間違いない。オカルト思想が妄想を助長して、健全な精神の育成を妨げ、異常性を帯びた精神を育てることになる。「私は幸福の科学の信者であるから、選ばれし人間なのだ」と思う所から始まって、「そんな私を受け入れない世の中の方がおかしいのだ」という考え方も生じる。
例えば、「伝道は最大の愛だ」などと教えられていたから、学生時代など、好きな子に告白して受け入れられた後に、献本して振られたりということも二回ほどあった。私は、大川隆法のことも、支部長が言うことも、本気で正しいと信じていた。だから、酷く傷つき、凄く悲しかったけれど、それで信仰を捨てるというようなことは全く考えなかった。逆に、これは試練なのだと思って、より一層、信仰を強くした。
でもそれは、今思えば、一歩一歩、教祖や教団に対する依存心を深め、異常な精神を育んでいく過程であった。
同様にして失った友人や知人となると、更に増える。自分にとって大事な人に対してほど、「あの人には伝道しなければ……」という思いを持ち、伝えた結果として疎遠になってしまった。そのようにして取り返しのつかなくなった人間関係は、数えきれない。
同じ思いをした二世信者は全国にどれぐらいいるだろうか。疑うことを知らない純粋な青少年たちが、大川隆法による間違った教えのために悲しい思いをして、更に精神と人生を狂わされていくのである(参考記事:FILE057:voicee(ボイシー) - 幸福の観測所)。人生を無駄にしないためにも、早く気付いて欲しい。先輩の言葉に耳を傾けて欲しい。
私の場合、その「信仰」なるものがデタラメだと気付くまでには、それからまだ十年以上の時間が必要であった。気付くのは、早ければ早いほどいい。
幸福の科学」の信仰を続けても、行く先には「幸福」などは決してない。失われた青春は二度と返ってこない。大川隆法が発する毒により、どれほどの人の人生が狂わされただろうか。どれだけの人の人生の幸福が奪われただろうか。
話が逸れたが、そんなおかしな精神を備えた私でも、周りの人が差別せずに温かく受け入れてくれたから、何とか、少しずつ、人並みの心を手に入れることができたと思う(まだ多少おかしい所が残っているという自覚もあるが)。私がカルト教団から足を洗うことができて、退会後も順調に社会復帰できたのは、私を差別せずに接してくれた一般の人たちのおかげである。
一歩間違えば、私も、時東氏と変わらない処遇を受けていた可能性だってあるのだ。私はたまたま環境が良かっただけ。
藤倉さんは「おかしな集団を、おかしな世の中が拒絶する」と言っていたが、やはり、世の中全体がおかしい面があるのだろう。「幸福の科学」をはじめ、オウム真理教創価学会といったカルト教団を生み出したりしているのは、他でもない日本の社会なわけで、結局、そのようなカルトを生み出す土壌がある社会の方に問題があるのである。
根底にあるのは、村社会的な、異質なものを排除しようとする傾向であるだろうと思う。(カルト教団教祖は大抵被差別部落等のマイノリティ出身だという話もある。)その問題を解決するのに必要なのは、やはり「愛」なのだろう。マイノリティを排除しない、弱者を切り捨てない、持たざる者を差別しない、逆に持てる者も差別しない。そういった「空気」が必要だと思う。