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幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

『タブーすぎるトンデモ本の世界』感想(続き)

レビュー

前回の続きです。他の部分も全部、ざっと読みました。
そのうち、と学会会長・山本弘さんによる、「アニメーターの体験した奇妙な世界」という評論がとても面白かったです。

統合失調症というのはこわい病気だと思う。
誤解されないように。統合失調症患者がこわいと言っているのではない。「癌はこわい」とか「脳梗塞はこわい」というのと同じニュアンスで、この病気になるのがこわいと言っているのだ。
杞憂ではない。この病気になる確率は意外に高く、生涯罹患率(一生のうちで発症する確率)は〇.八〜一パーセント程度とされている。この確率は喘息と同じぐらいである。僕も、この本をお読みのあなたも、十分に発症する可能性があるのだ。
だから真剣に考えなくてはいけない。
にもかかわらず、この病気について、世間では正しく理解されているとは言いがたい。患者に対するバッシングも根強い。言及すること自体がタブーになっており、マスメディアで正面から取り上げられることがほとんどないからだ。

という書き出しで始まっています。
私も非常に同感です。
最近話題のドラマの『半沢直樹』でも、主人公の半沢直樹の同僚の近藤が、ストレス性の統合失調症に罹ったという場面が描かれていまして、「タブー」ということも徐々に破られつつあるのではないかとも思います。
このブログでも、「幸福の科学」教祖やその信者たち(の一部)について、統合失調症ではないかという指摘を度々してきました(http://antikkuma.hatenablog.com/search?q=統合失調症教団全体が「世界没落体験」及び「関係妄想」に陥っているようだ - 幸福の観測所等を参照)。
こういうことを言うと、信者の方は「誹謗中傷である!」という風に反撥されたりします。
でも、「人のことを統合失調症とか精神障碍とか言うのは誹謗中傷だ」と言うのは、そういう人たちに対する差別意識が根底にあるのではないでしょうか。私は、障碍を持つ方を差別しているわけではない、というようなことを繰り返し述べています(根拠のない自信を表明する信者たち - 幸福の観測所等)。「私だって、一歩間違えばそうなっていたかも知れない」ということも述べました(時東一郎著『精神病棟40年』読書感想文 - 幸福の観測所)。
病気を病気と認識して始めて治療することができるわけで、病気なのに病気だと認識せず、何の対策もしないと、どんどん症状は悪化してしまいます(癌や脳梗塞に置き換えて考えれば分かるでしょう)。手遅れにならないうちに気付いて欲しいと思い、反撥されるのを覚悟の上でやっています。
何事も、治療のための第一歩は、まずは原因を断つことです。この場合は、狂気の発生源である教団から距離を置くことです。そして、信者以外の一般の人と交わることが治療のためには最も良いです。それも、表面的な交流ではなく、本音で語り合えることが重要です。時間は掛かるかも知れませんが、私の経験上、健全な精神を取り戻すには、それが一番だと私は思います。

「正気と狂気の間に明白な境界はない」ということ

本文に戻ります。
少し飛んで、最後の方にまた面白い指摘がありましたのでご紹介します。

人間の脳には、外界から常に膨大な量の情報が入ってきている。だが、それらの多くは「認知的フィルター」と呼ばれる無意識の機構によってさえぎられ、意識にはのぼらない。
創造性の高い人は、このフィルターがゆるいらしい。これを「認知的脱抑制」という。そのため、いろんな情報が常に意識にのぼり、普通の人間が気づかないことに気づいたり、様々な物事に関係性を見出したりする。いわゆる「ひらめき」だ。
しかし、認知的脱抑制が暴走すると、小林氏がクズかごのゴミに意図を感じたように、何でもないものに意味があると思いこんだり、無関係のものに関係を見出してしまったりする。さらにそれが進むと、存在しない声が聞こえたり、そこにないものが見えてきたりする。
つまり創造性の高い仕事についている人は、統合失調症の手前の統合失調型パーソナリティの段階で踏みとどまり、認知的脱抑制をうまく利用しているらしいのだ。

引用者注:ここの「小林氏」というのは、本文中で紹介された『ボクには世界がこう見えていた』の著者、小林和彦氏のこと。詳しくはググって下さい。私も読んでみようと思います。
この部分は非常に参考になります。こういう説は初めて知ったのですが、思い当たる節があります。こういう人間の心の仕組みを理解することが大事なのだろうと思います。

正気と狂気の間に明白な境界はない。そして、統合失調症は決して珍しい病気ではない。統合失調症の人を侮辱したり忌み嫌っている人たちだって、いつか発症するかもしれない──いや、ネットで差別主義者の言動を見ていると、すでに発症しているんじゃないかと思える例もよくある。
誰でも、何の理由もなしに、統合失調症になる可能性がある。だからこの病気をタブー視するのは間違いだ。むしろ、現実をしっかり見つめるべきではないか。「そんな病気なんて自分には関係ない」と思うことこそ妄想だ。

そうなんですよね。「正気と狂気の間に明白な境界はない」と。その通りだと思います。