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幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

「認知的フィルター」について、色々考えたこと

閑話休題 重要

統合失調症について、もっと早く知りたかった!

前置きの話になりますが、私が「統合失調症」について詳しく知ったのは、ごく最近のことです。時東一郎さんの『精神病棟40年』はかなりの衝撃でした(時東一郎著『精神病棟40年』読書感想文 - 幸福の観測所)。
最近では、

この辺のスレッドを読み、その症状を生の声で知ることができました。
こうして色々な統合失調症の症状を目の当たりにしてみると、「統合失調症について、もっと早く知りたかった」というのが正直なところです。もし、「幸福の科学」と出会う前に知っていたら、こんなものに引っ掛かることは無かったでしょう。
やはり、「統合失調症」というものが世間でタブー扱いされていて、その症状について教わる機会も学ぶ機会もないということが、カルト宗教や間違ったオカルト思想の成長を助けてしまっている面があると思います。
今思うことは、世の「霊能者」とか「チャネラー」とか言われる人たちは、どう考えても統合失調症と変わらない、ということです。「悪霊がー」とか「生き霊がー」とか「天使がー」とか「神様がー」とか「妖精がー」とか「宇宙人がー」とか「UFOがー」とか「月の裏側がー」とか「地震がー」とか「噴火がー」とか「天変地異がー」とか「ポールシフトがー」とか「アセンションがー」とか「フォトンベルトがー」とか「中国がー」とか「北朝鮮のミサイルがー」とか、そういうのは全て現実にはありもしないものであり、空想の世界を現実と錯覚しているだけです(「地震」とかは現実にはありますが、あるかどうか分からないものを極度に恐れてしまうのは、「不安神経症」と呼ばれる一種の心の病気です)。

統合失調症は決して特別な病気ではないということ

最初に、誤解されないように断っておきたいのは、統合失調症の人を差別する意図はない全くということです。
それらの人は、普通の人と感じ方や表現の仕方が多少異なっているだけであり、その人の人柄とか人格とかとは無関係です。統合失調症患者の犯罪率は、健常者の犯罪率より低いという話もよく目にします。
で、やはり、

こちらの山本弘さんの評論が非常に参考になりました*1
「生涯罹患率が1%程度」ということは、百人に一人は罹るということであり、決して珍しい病気ではないということも改めて再認識しました。
「創造性の高い仕事についている人は、統合失調症の手前の統合失調型パーソナリティの段階で踏みとどまり、認知的脱抑制をうまく利用しているらしい」という記述も非常に参考になりました。
上の2chスレッドでも書かれていますが、統合失調症というのは、遺伝的要素が高い病気でもあるようです。
人間は平等とは言うものの、人にはそれぞれ、生まれつきの肉体的差異があります。背の高い人、低い人。太りやすい体質の人、そうでない人。筋肉のつきやすい人、そうでない人。足の速い人、遅い人。肉体的に恵まれた人は、プロスポーツ選手として活躍したりします。
また、生まれつき病弱な人もいます。先天的に障碍を抱えた人もいます。色弱の人は、男性では5%、二十人に一人いると言われています。癌にも、遺伝的要素が強いものもあるようです。
そういった他の病気と同じように、統合失調症になりやすい体質の人というのが一定の割合で居るということなのでしょう。そしてそれは、明確に区分があるものではなく、スペクトラム状に分布しているのだろうと思います。ちょうど、太りやすい体質の人から太りにくい体質の人までそれぞれあるように、統合失調症になりやすい体質の人から、なりにくい体質の人まで、それぞれあるのだろうと思います。
で、統合失調症になりやすい体質の人というのは、山本弘さんが言うように「認知的フィルター」がゆるくなりがちなため、統合失調症になりやすいと同時に、創造性も高くなるということでしょう。
肉体的に恵まれた人がプロスポーツ選手として活躍するように、統合失調症になりやすい体質の人は、創造的な仕事に向いているのでしょう。夏目漱石芥川龍之介などは統合失調症だったのではないかと言われているし、音楽家や芸術家には、キチガイじみた言動をする人も少なくないです。また、スピリチュアルに傾倒する人も多いです。

「認知的フィルター」の強弱で物事を見てみる

さて、山本弘さんの評論中にあった「認知的フィルター」ということについて、色々と考えてみました。
ちょっと一旦、私の考えを整理してみます。
人にはそれぞれ「認知的フィルター」というのが備わっており、それの強弱は、人により異なる。それは、先天的なものもあれば、後天的なものもある。それが弱い人は、統合失調症にもなり易いが、創造性も高くなる。
太りやすい体質の人でも、適切な食事や運動をしたりして、その人にあった生活習慣を身に付ければ、体重は適度にコントロールすることができる。同じように、「認知的フィルター」が弱い人でも、適切な考え方を身に付ければ、統合失調症にならないで済むのではないか。
「認知的フィルター」の強弱は、ある程度コントロールできるものでもあると思う。(よく知らないで書いているので間違っているかも知れないが、以下仮説。)例えば、催眠状態というのは、意図的に「認知的フィルター」を弱めていくものであると思う。また、「ヘミシンク」と言われるものもそうだろうし、古来からある各種の瞑想などもそうだろう。
「認知的フィルター」が弱い人は、様々な要因で統合失調症等の精神障碍を引き起こす。ストレス過多が主な原因だろうか。家庭環境によるストレス、仕事でのストレス、友人関係でのストレス。
「認知的フィルター」が弱い人に向いている職業は、創造性の高い仕事。例えば、小説家、漫画家、芸術家、音楽家、発明家、学者、プログラマー、デザイナー等。他にも、占い師、霊能者、新興宗教教祖、といったものもある。
「認知的フィルター」の強弱は、やはり遺伝的要因が大きいように思う。「ユタの家系」、「イタコの家系」という表現も聞くが、「霊能者の家系」というのはある。それはつまり、「認知的フィルターの弱い家系」ということなのだろう。遺伝としての先天的な体質もあれば、代々、スピリチュアル的なことを否定しない家庭環境で育てられるという後天的な環境要因もあるだろう。そこまで含めて「遺伝」と呼ぶのであれば、遺伝的な影響は極めて大きそうである。
では、「認知的フィルター」が弱い人は、どう生きるべきか。まずは自覚するところから始まると思う。自覚するところから始まるし、自覚できたらそれで既に解決しているとも言える。周りの人も、その人の本質を理解してあげることから始まるし、それが全てだと思う。
「認知的フィルター」の強弱は、ある程度はコントロールできる。スピリチュアルなことを肯定する環境にいれば、その人にとっては居心地が良く、一時的な癒しぐらいにはなるかも知れないが、統合失調症その他の精神障碍を助長するものでもある、と私は思う。山奥で一人で暮らすか、一生、同種の人間としか接触しないで生きるのならば自分の好きなようにしたらいいが、社会の中で、社会の一員として生きるのであれば、スピリチュアルな世界からは距離を置く必要がある。
まだ人間の心の働きが十分に解明されておらず、しかも、それが十分世間に周知されていないことが問題である。肉体の健康診断はあるけれど、心の健康診断はされない。成人病は事前に検査されて早期発見することができるけれど、統合失調症などの心の病気は事前の検査などがなく、早期発見もなかなかできない。
そして、「幸福の科学」のような、「霊性進化論」といった思想的毒を撒き散らし、精神障碍者を量産して、大勢の人の人生を滅茶苦茶にしているような団体が、世間からは一向に批判されず、野放しにされている。「幸福の科学」よりも、「幸福の科学」や、その他の人を不幸にするカルト宗教を生み出してしまった社会の方が問題は大きいと思う。
一カルト団体の問題ではなく、社会全体の問題である。日本社会は、今後、二度と、同種のカルト教団を生み出すようなことをしてはならない。それが「幸福の科学」元信者として強く思うことである。
そのためには、と学会会長の山本弘さんも仰っていたように、統合失調症ということをタブー扱いしてはいけないし、もっと、心の病気について、世の中の人が広く知る必要があると思う。
いや、「心の病気」という言い方はよくないのかも知れない。
心の働きやそれぞれの人の心の特性について、人はもっと関心を持つべきなのだと思う。特に、自分自身の心の傾向性については、各人が正しく把握する必要がある。
というようなことをここ数日考えていました。これは単なる私の仮説的考えに過ぎないので、間違いや誤解も多々あるでしょう。もっと哲学とか心理学とかを色々勉強しなければ、答えは出なさそうです。

*1:紹介されていた『ボクには世界がこう見えていた』は購入済で、現在読書中です。またいずれ感想を書きます