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幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

映画『自殺者1万人を救う戦い』を観ました

レビュー

こちらが公式サイト。youtube上で無料公開されています。

とても良かったです。精神病との関わりにも言及されていました。
特に最後の東尋坊で自殺防止の活動をしているおじさんのお話が良かったので、ちょっと書き起こしてみます。

ここが一番自殺が多い場所なんですね。ここに一人で日没を待ってるんですよ、座ってるんですよ。誰か声を掛けてくれるのを待ってるんですね。
そんな人がいて、で、その人たちに声を掛けて、「悩み事なに?」と話をお訊きして、その悩み事を解決する。そのお手伝いもやってます。
(中略)
誰も死にたくないんですって。
助けを待ってるんですって。
なんでそこに手を差し伸べないか。
国民の生命っていうのは国の財産ですよ、宝物でしょう?
みんな助けてくれって言うてるんでしょう?
なんでそこに手を差し伸べないの?

社会全体が冷たいんですよね。競争化社会と言われて久しいわけですが、自民党はTPP等に参加することで更にそれを推し進めようとしている。
馬鹿正直に自分に厳しく生きようとする人ほど、ストレスを抱えて精神を病み、自殺する人も出てくる。「うつは甘え」などという解釈が簡単に通ったりする。
甘えることは悪いことなのか?「うつは甘え」というのが正しいとしても、もっと、甘えを許す社会であってもよいのではないか。私は、現代の日本社会が人に対して厳しすぎるだけなのではないかと思います。他の先進諸国と比べても異常に自殺率が高いということを日本人はよく考えるべきでしょう。
最後の、隣人を自殺で亡くしたというアイルランド人の方の述懐にも共感しました。
私も、もう十数年前になりますが、友人を自殺で亡くしたことがあります。Iという名前でした。
中学時代の同級生で、頭も良く、スポーツも万能で、お金持ちで、お洒落で、しかもフレンドリーないい奴という、本当に素敵な人でした。お父さんが確か銀行マンか何かでした。Iは多趣味であり、オタクな側面もあったので、そこで私と接点がありました。PC-98DOを持っていて、大戦略2などをやりに行ったのを覚えています。
高校も一緒でしたが、文系と理系に分かれて、一緒のクラスになることはなく、次第に疎遠になっていきました。大学になると、連絡を取ることも無くなりました。
その後、確か22歳か23歳ぐらいの時でした。私は浪人をしていたのでまだ大学生だったのですが、Iは既に働いていたと記憶しています。何年も連絡が無かったのに、突如、実家に年賀状が届きました。特に不審なところもない年賀状でしたが、私はそのまま返事を書かずに置いてしまいました。
Iが自殺したと聞いたのは、その年の春でした。友人と携帯電話で話している最中に、特急列車に跳ねられたということでした。
あの年賀状がシグナルだったのか、と思いました。私は既に疎遠だったので、直接の原因というわけではないですが、もしあの時、ちゃんと年賀状に返事を出していて、連絡を取り合うようなことがあったとしたら、もしかしたら、悩みの一端でも聞いてあげることができたかも知れない、と思ったこともありました。
ただ、私も当時は「幸福の科学」信者であり、若かったこともあり、恐らく、悩みを聞くどころか、逆に相手の立場を考慮せずに独善的に裁いてしまっていただろうから、当時の私ではIの自殺を止めることはできなかっただろうとも思います。
顔も声も、今でも思い出せます。笑顔と優しい言葉しか思い出せません。本当にいい奴でした。思い出すたびに、Iのためにも生きなければならない、と思います。
日本の社会は厳しすぎるんですよ。もっと、甘えを許す社会でもいいんじゃないでしょうか。「ゆとり世代」とか言って批判されたりもしますが、それも大きな目で見れば、厳しすぎた日本社会の揺り戻しなのだと思います。今までは、経済効率優先で一人一人の人間を軽視し過ぎたのです。
国民の大多数が死ぬ気で働いて得た「経済大国」という立場は、もう捨ててもいいんじゃないでしょうか。映画の中でもありましたが、お金と生命とどっちが大事なんだ、ということです。生命の方が大事に決まっています。
私は、死ぬほどには頑張りすぎない、もっと優しい社会が築かれることを望みます。