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幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

松本ハウス著『統合失調症がやってきた』読書感想文

レビュー 二世信者

お笑いコンビの松本ハウスハウス加賀谷さんの統合失調症闘病記。幼少時の家庭環境から、発症して入院し、退院した後も闘病して、更に復活するまでが描かれている。2013年8月10日初版だから、比較的最近出版されたものである。

幼少時の家庭の様子

幼少時は、父親が酒乱だったそうである。

あまりに辛く、ぼくは母さんに聞いたことがある。
「父さんと、離婚しないの?」
母さんは、諭すようにぼくに言った。
「ママの経済力ではね、あなたを習いごとに通わせてあげる力がないの。潤ちゃんのためなの」
ぼくは加賀谷家の生命線なんだ。母さんの期待に応えるため、もっと頑張らなければいけない、と思った。
「一流の大学に行き、一流の会社に就職することが、潤ちゃんの幸せになるの」
それが母さんの口癖だった。母さんの願いの強さはよく伝わっていた。ただ、一流企業に勤めている父さんの姿を見ると、その言葉の意味は分からなくなった。
お酒を飲んでは、母さんに当たり、家の物を壊す。酔っぱらって、そのままリビングのソファーにバタン。朝、ぼくが起きても、まだソファーで眠っている。これが父さんの日常だった。
そんな父さんについて、母さんがこう言ったことがある。
「父さんのいいところは、仕事の愚痴を家で言ったことがないところなの」
ぼくは心の中で叫んでいた。愚痴を言ってもいいから、母さんを泣かせ、物を壊さないで!

と、こんな感じの家庭で、あとの様子は推して知るべしである。
「母さんはクリスチャンで、毎週教会に通っている」ということも書いてあった。となると、最近読んだ水谷牧師の

この記事を思い出した。こういう機能不全の家庭が、子供の精神をズタズタにするのである。おかしくなった精神は、思春期から大人になる段階で、様々な問題となって現れてくる。加賀谷氏の場合は「統合失調症」という、最も分かりやすい形で現れた。症状としては、幻聴から始まって、幻覚等が発症したそうである。

入院から復活まで

加賀谷氏は、90年代に芸人として活動していたときから、薬を服用していた。始めは症状が抑えられていたが、自分の調子に合わせて勝手に薬の量を減らしたり増やしたりすることで症状が酷くなり、やがて自殺未遂を繰り返し、入院することになったとのこと。
入院直前、このようなことがあったそうである。

家にたどり着いたぼくは、また無気力になった。何もせず、眠ることもできず、無感情の時間が続いた。
深夜に家の電話が鳴る。出る気力もなく、コール音を聞いていると、留守電ではなくFAXに切り替わった。ジジジジーっと出てきた紙に手書きの短い文章があった。キックさんからだった。
「簡単なことはするな それはつまらないから 俺もそれはしない」
キックさんは分かっていたんだ。
分かっていて何も言わなかったんだ。
「こんな体、壊してしまえ」と思っていたが、このままではキックさんを悲しませてしまう。申し訳ない。ぼくは何をしようとしていたんだ。そう思うと泣けてきた。泣いて、泣いて、体中の水分がなくなるほどぼくは泣いた。その涙は、明らかにそれまでとは違う涙だった。
自殺という言葉を使わなかったのは、キックさんの優しさだ。
「自殺するのは、芸人として面白くない」
キックさんは、そう言いたかったんだと思う。
このFAXは、ぼくにとって、ものすごく大きかった。薬を過剰に飲んでしまうことは続いたが、これ以降、ぼくが自殺を図ることはなかった。

松本キックさんの対応が適切だったのだと思う。
この本には松本キックさんの文章も掲載されており、そこには以下のように書かれてある。

加賀谷は、仕事になると手を抜くことなく、確実に笑いを取る。俺は、負けず嫌いな加賀谷の性格を信じすぎていた。
それでも、泣きながらロケ現場に来た日の夜には、危険を感じて「簡単なことはするな」とFAXを送った。自ら命を落とすことほどつまらないことはない。
かくいう俺が、いつも死にたいと思っていたからすぐに嗅覚が働いた。かつての俺は、儚さへの憧れもあったのか、幕引きは自らの手でと、誤った願望を持っていた。FAXの最後に「俺もそれはしない」と書いたのは、自分に対する言い聞かせでもあった。

身近にこのような理解のある人が一人いるだけで、統合失調症の人でも立ち直ることができるのである。
加賀谷氏が入院したのは7ヶ月。『精神病棟40年』(時東一郎著『精神病棟40年』読書感想文 - 幸福の観測所)というような人がいる一方、加賀谷氏のように比較的早く退院できたのは、主治医が良かったのだろう。
しかし、退院してからも復帰の目処は立たず、約五年間、なかなか症状は改善せずに過ごしたそうである。五年経った頃、「エビリファイ」という新薬に切り替えてから劇的に改善したとのこと。
ただし、このような注意書きも書いておられる。

薬一つでここまで変わるとは、うれしさより、驚きのほうが大きかった。
ぼくの体に、「エビリファイ」という薬が合ったのだと思う。間違えないでほしいのは、個人ごとに合う薬は違うということ。ぼくにはたまたま「エビリファイ」が合っただけで、統合失調症の当事者それぞれによって、症状も異なれば、合う薬の種類も、薬の数も量も違う。服用する薬は、主治医や、セカンドオピニオンの医師と相談して決めていくのがベストだと思う。

と。
症状が良くなってからも、松本キックさんは、復帰を焦らせたりはしなかった。自分から「復帰したい」と言い出すまで、じっと待っていたそうである。周りに統合失調症やそれに類する症状を持った人がいた場合、どう接すればよいか、ということのお手本のような例だと思った。
今では、このようなコントもやるまでになっている。

幸福の科学」と統合失調症と私

このブログでも、「幸福の科学」の信者ブログを紹介する際に、統合失調症と関連づけて説明してきたことが何度かあった。そのことを指して、信者側からは「人のことを精神病だとか言うのは失礼だ!」とかいう批判も受けてきた(ぜよさんとココさんへのお返事 - 幸福の観測所など)。私が決して統合失調症人格障害を持った人を差別しているわけではないということは、いい加減分かって戴きたいと思う。*1
私自身、お医者さんにかかったことはないけれど、診察をされたら、何らかの精神病だと判定されただろう時期はあったと思う。信者時代は、いつも「死にたい」と思っていた時期があった。幻覚や幻聴は無かったが、妄想はあったと思う。人と会うのが怖く、無気力で何もできない日が、何ヶ月も続いたこともあった。正直なところ、今だって、常に安定した精神状態でいるわけではない。眠れない日が続くこともある。ずっと引きこもりたくなる日もある。それでも以前よりはずっとましだし、一応、社会の一員として、何とかまともに生きている。
そういう自分だからこそ、このような本を読み込んで勉強しているわけである。それこそ「同悲同苦」であって、「幸福の科学」に限らず、カルト信者や元信者で、日々苦しんでいる人を何とか救いたいと思って書いている。というか、「救いたい」などと言うと偉そうな烏滸がましい表現なので、言い方を変えると、何とかヒントになるような情報を提供できればと思っている。

*1:私はこのブログの当初から"別に「病気」の方を差別する意図はない、ということは、繰り返し申し上げておきます。私だって、多かれ少なかれ、何らかの人格障害に当て嵌まるものだという自覚もあります。"(http://antikkuma.hatenablog.com/entry/2012/12/10/002019)ということを書いている。ずっと一貫した態度を取っているつもりである。