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幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

私の毒親問題

二世信者

今日は個人的な愚痴で、カルトとは直接は関係ないかも知れません。でも、逆に、これこそがカルト問題の本質である、という考え方もあるようです。
私は、今でも時々、ふとした切っ掛けで昔のことを思い出し、親に対するやり場の無い怒りが込み上げてくることがあります。私の母は、過干渉なタイプの「毒になる親」でした(現在もそうなので、「でした」という表現は不適切かも知れない)。過干渉になる原因は、結局のところ、単なる自己中心であり、大人になっても自立することができなかった人、大人になりきれなかった人なのだろうと私は分析しています。
何でも自分の思い通りにしたい。でも、夫は自分の言うことを聞いてくれない。(夫は夫で自分勝手。)そこで、子供なら自分の言うことを聞いてくれるから、子供を支配し、子供に依存するようになる。そんなところでしょう。
『毒になる親』という書籍に出会ったのは昨年のことですが、それ以前から、どうしようもない気持ち悪さは感じていました。成人して以降の過干渉ぶりは、世間一般の親と比較しても常軌を逸していました。何にでも口を挟み、全てを監視し、管理しようとしていました。母の口癖は「私の言うことは全部正しいんだから」というものでした。
でも、「幸福の科学」の教えの中には、親に対しては感謝せよ、という一点張りであり、「悪い親でも、いいところはある。とにかくいいところを見つけて感謝しなさい。そうすれば問題は解決する」というようなものしかありませんでした。
私も初めは、その教えに従っていましたが、問題が多発し、やがて、気持ち悪くて仕方なくなってきました。
毒親問題に関しては、結局、「幸福の科学」の教えの中には救いが無かったということです。
今振り返ると、母は、とにかく私を自立させまいとする方向に行動をしていたように思います。明らかな過干渉タイプの毒親です。しかも、カルト教団にどっぷり嵌って子供にもそれを巧妙に押しつけるという、どうしようもない毒親です。
この間も言及しましたが、私の母は十月頃に単独事故を起こし、全治数ヶ月の怪我をしました。十二月には癌の手術もしたそうです。初めは少し可哀想と思って心配しましたが、今はどうでもいいです。
母に対しては憎しみしか感じません。自分の半生を苦しめた相手、いや、今も苦しめ続けている相手に対し、憎悪こそあれ、これっぽっちも愛情など感じません。
母が変わることなど死ぬまで無いということも、最近は分かってきました。仮に今母が死んでも悲しくなることは何も無いでしょう。
それでも、母は私にメールを送ってよこします。「メールは送ってくるな」とかねがね言ってあるのに、それでも送ってきます。「正月には帰ってきませんか」と。私はこういう自分勝手なメールが来るたび、怒り心頭になります。ふざけるなと。やり場のない怒りが込み上げてきます。だから、こうして愚痴っています。
現在の私からすると、いわば、母は犯罪者であり、私は半生を台無しにされた被害者です。(一生を台無しにされる可能性もあります。)ですから、犯罪者が被害者に対して接すべき態度で接しなければ、到底受け入れられません。そもそも、犯罪者が被害者に直接接触してくるなどというのは、あり得ないことです。
それから、父もまた、近くにいて見て見ぬふりをしたのだから、共犯者または幇助者です。父が母に対して充分な愛情を注がなかったことも、母がカルト宗教に走って暴走した大きな原因の一つですから、共犯というより寧ろ主犯と言えるかも知れません。その原因も更に遡って考えると、私の父が、幼い頃に、その父親(私から見ると祖父)を亡くしたことも大きな原因の一つとしてあったでしょうし、その辺の原因について全責任が両親にあるとは考えません。
でも、私の父も母も、人の子の親となっても、ともに子供じみた自己中心的考えが抜けず、子供を正しく育てるべき力が無い親であったことだけは間違いないことです。
私は、毒親を持った子供が自殺したくなる気持ちや、一生結婚したくなくなる気持ちがよく分かります。だって、家庭には絶望しかないのだから。もし結婚して、自分が子供を持ったとき、自分も親と同じように子供を苦しめる毒親になってしまうのではないか、という不安も潜在意識下にはあるでしょう。
生命というのは、自分一人で完結しているものではありません。過去から未来へ向かって、親から子へと、連綿と続いていくものです。そういう視点からすると、結婚せず、子孫を遺さないということは、未来が無くなるということであり、大きな目で見ると「緩やかな自殺」です。
私は自殺は悪だとは考えません。人間に与えられた最後の自由です。(強いて言えば、自殺が悪なのではなく、人を自殺に追い込む社会が悪です。弱肉強食で、「弱い人間、足手まといな人間は死ねばいい」というような考え方をして、年に数万人の人を自殺に追い込んでいるにも関わらず、「新自由主義」の名の下に更に格差社会を推進しようとする現代日本社会は異常です。)
同様に、毒になる親を持った子供が家庭に絶望して、長じても結婚せず、子孫も遺さないということは、毒になる親の家系が絶えることであり、大きな目で見ると「自然淘汰」なのかも知れません。