幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

カルト二世信者の人生は最初からハードモード

二世信者というのは、自分でその信仰を選んだわけではない。
親に素直に従うにしろ、反撥するにしろ、その影響は強く受けてしまうものである。
カルトの思想で最も危ういのは、輪廻転生の教えである。
輪廻転生とは、生まれる前にも人生があり、死んだ後にもまた人生があるとする思想である。
まだ幼い段階でそういう思想を植え付けられると、子供は経験ある大人を見下したり増長したりするようになるし、人生を軽んじるようにもなる。
人生は生まれてから死ぬまでの数十年間(長い人でも百年余り)の一度きりである、ということは疑いようのない真実である。人類が長い歴史をかけて、迷いつつも辿り着いた、揺るぎない真理である。
それなのに、現段階に於て輪廻転生などを本気で信じるというのは、時代に逆行することも甚だしい。
まだ知性の未発達な思春期の一時期には許されるものもあるが(「中二病」と呼ばれる)、大人になっていつまでも信じているというのは精神異常者であるか、知的障害者である。(恥ずかしながら私もつい先日までそうであった。)
人生というのは、得てして、気付いたときには取り返しが付かなくなっているものである。
私も青春の大部分をカルト宗教「幸福の科学」のために捧げた。犠牲となり、失ったものは多い。「青春を失った」というだけならまだしも、その時期に失ったもの・経験できなかったもの・経験しなくてもよかったのに時間を費やしてしまったもの等のせいで、その後の人生全体にも大きな悪影響を及ぼしている。(特に大きなものとして、私の場合は研修施設に泊まり込んで修行する「雲水修行」というものを半年と一年の二回やり、その後、精舎スタッフも半年経験した。その前後、再就職のために費やした期間を含めると、7年は無駄に過ごした計算になる。二十代後半から三十代前半の、人間として最も油の乗った重要な時期が、今や履歴書にもまともに書けない空白期間になってしまった。そのことは当然、現時点での生活にも大きく悪影響を及ぼしている。これを「自己責任!」と一言で片付けてしまえないのは、親から教え込まれたカルト信仰の影響なしに考えることはできないからである。)
カルト教義やオカルト思想を抜くことは可能だったが、失われた時間は戻ってこない。私はそれを今必死で取り戻そうとはしているし、何とかこのマイナスの経験を生かしてプラスにできないかと考えているが、なかなか難しい。二世信者の中には、最早取り戻すことのできない人もいるだろう。
それも人生、ということでよいのか。親の因果が子に報いている。親がよかれと思ってやっていることが、子供の人生全体に多大な悪影響を及ぼしている。
子供に対してカルト信仰を教え込むのを禁止する法律を作ってもらえないか。或いは、義務教育内で、もっとしっかりとカルト対策をした方がよいのではないか。カルト大好き下村疑似文部科学大臣では難しいだろうけども。
カルトなんて、社会の中では、決して大きくならない勢力ではあり、人々の無関心のお陰で細々と続いているけれど、一人一人の個人からしてみると、人生を大きく狂わされてしまうだけの巨大な悪だったりするんですよね。子供におかしな思想を植え付けて一人の人生を狂わせるという行為は、ことによると殺人などよりも大きな罪なんじゃないかと思うのですが。

追記

上記のことは、カルト信仰を持った親に限らず、「毒になる親」全般に当て嵌まることなのだろうとも思った。
他人との比較にあまり意味はないが、親がカルト宗教に嵌まったということは、逆に言うとある程度の知性とお布施をできるだけの経済的余裕があったことを意味するものでもあるし、カルトを除けば、ある程度恵まれた環境ではあったということも理解している。
親の間違った判断やおかしな思想は、子供の人生を大きく狂わせる。
カルト宗教というのは社会の中にできた癌細胞のようなものだとも思う。
上の七年間に加え、それ以外のものも含めて、私は、カルト宗教のために、人より約十年分遠回りしたと思っている。ただ、私の子孫や周囲の人たちに対して、その癌細胞のように悪影響を及ぼす思想を押し止めることができたのだと考えると、十年というのは決して長いものでもないとも思える。