幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

組織の問題と思想の問題

思うに、カルトのカルトたる所以は、その行動面に現れる。
傍から見て明らかに異常であったり、信者と接触すると不快になったり、信者の家庭が不和になったり、その教えを信じて行動すると不幸になったりする。
その原因として、組織を問題にしている人と、思想を問題にしている人がいる。
信仰を持った会内の信者でも職員でも、「職員や信者の行動はおかしいところがある」と自覚している人はいる。しかし、会内の人は、「あくまで思想は正しい」と信じているので信仰を続けていて、批判の矛先は組織やその運営の問題にのみ向けられるのであり、その思想が批判されることはない。
一口に「アンチ」と言っても、比較的退会して日が浅い人や、オカルト的世界観にどっぷり浸かってしまっている人なども同様である。「唯物論は間違っているし、神を信じるということは正しい。霊も存在するし、人間は輪廻転生する存在である。でも大川隆法は間違っている」と考えている。
つまり、大きく分けて、オカルトを肯定するアンチとオカルトを否定するアンチがいる。私からすると、前者は単に「幸福の科学」の別派でしかなく、同じ穴の狢に思われる(GLAの別派の別派でも良い)。退会の過程としてそれは必ず通る道ではあるから、見守ってあげる必要はあるけれど、オカルト的世界観や、それを前提とした思考から脱することができなければ、「脱洗脳した」とは言われないと思う。「幸福の科学」退会者に限らず、日本社会の中に少なからずいるこの種のオカルト信奉者たちは、謂わばカルト予備軍である。また新たなオカルト思想に引っかかり、カルト集団を形成し、世間に迷惑をかけることになるだろう。
さて、話を「組織と思想」の問題に戻すと、大きく分けて、組織運営も思想も正しい、組織運営は正しいけど思想は間違っている、組織運営は間違っているけど思想は正しい、組織運営も思想も間違い、という4パターンがある(それぞれ程度の差はある)。現在の「幸福の科学」は四番目に分類される(もちろん、部分的な正しさはある。だからそれなりに人は集まっている)。

たとえば

こういう主張を読み、もし「一理ある」と思ったりしたら、まだまだカルトという泥沼につっこんだ片足が抜け出せていない状態だと自己認識すべきです。思想的・精神的に健全な人なら、一笑に付しておしまいです。もしくは、人の好い人であれば、「可哀想に。この人たち、大丈夫だろうか。いいお医者さんを紹介してあげた方がいいのではないか」と心配するぐらいのところです。