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幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

「サイコパス」という言葉が世に広まるのはいいことだ

遠隔操作事件の片山祐輔が自分で自分のことをサイコパスと認めた、という報道があった(<PC遠隔操作事件>「あなたを見捨てないと伝えた」(佐藤博史弁護士会見詳報・上)|弁護士ドットコムトピックス
アンチカルト界隈でよく勉強している人なら常識みたいな言葉だけど、世間一般にはそれほど広く認知されていたわけではないと思う。これを機に、「サイコパス」という言葉が世に広まるのはいいことである。
サイコパスというのはwikipedia等では「精神病質」という項目で記載されていて(精神病質 - Wikipedia)、それによると、

サイコパスは社会の捕食者(プレデター)であり、極端な冷酷さ、無慈悲、エゴイズム、感情の欠如、結果至上主義が主な特徴で、良心や他人に対する思いやりに全く欠けており、罪悪感も後悔の念もなく、社会の規範を犯し、人の期待を裏切り、自分勝手に欲しいものを取り、好きなように振る舞う。その大部分は殺人を犯す凶悪犯ではなく、身近にひそむ異常人格者である。

ということである。
こういう記述を初めて目にする人は、「良心を持たない人間なんて信じられない。私はあくまで彼を信じる」とか(時に「神は万人に良心を与えられた。」「一切衆生悉有仏性。」などという自信に満ちた宗教的確信を根拠にしつつ述べられる)、「仮にいたとしても、それは幼い頃の愛情不足やトラウマが原因であって、適切な治療を施して原因を取り除けば真っ当な人間に戻ることができるものである」などと(例えば「レ・ミゼラブル」を引き合いに出したりしつつ、感動的に語られたりする)、とても甘く考えたりするものである。(私もかつてはそう思っていた。)
しかし、サイコパスというのは前掲引用のように「社会の捕食者」である。どんな人に対しても優しく接してしまう、人の良い人ほど、サイコパスの「餌食」になりやすい。
サイコパスと「餌食」の関係は、カルト教祖とその信者がその典型である。カルト教団と言っても、実際に付き合ってみると、その信者は「人のよい人」が多い。人を疑うことを知らず、騙されやすく、信じやすい。そういう人が、コロッとサイコパスのカルト教祖に騙され、カルト教団を形成し、他の人に迷惑を掛けている。
こうして、本来はただの「人の良い人」の筈が、社会にとって害悪の存在に変わってしまうのである。そうならないためには、やはり、「人が良い」だけではダメで、サイコパスに騙されないだけのそれなりの知性が必要なのだと思う。
サイコパスの餌食にならないための第一歩は、サイコパスというものが存在するということを認識することである。自らの周りの親しい人や、世の中の人に広く知ってもらうことも、結局は自分が被害を受けないことに繋がる。
今年話題になった人で言うと、小保方晴子がそうではないかと言われた「空想虚言症」というのもサイコパスの一種である。小保方晴子を未だに信じている人は、「サイコパス」というものについて、もっと学んだ方が良い。
佐村河内守も同類だろうし、渡辺喜美はどうか分からないが、ワタミ社長もそうだろうと言われている。