幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

カルト新聞の大阪でのトークイベントに参加してきました

こちらで告知されていたものです。
参加者は50人ぐらいでしょうか。用意していた座席数では足りずに、後ろの方では立って観ている方もいました。
内容は、今までのカルト取材の様子を写真や動画を交えつつ面白おかしくお話ししていたという感じです。
オウム(アレフ)や幸福の科学統一教会親鸞会ラエリアンなどです。
帰りの交通機関の都合で、途中で退出してきましたが、帰る直前、私の前の席の男性二人組がスマホを胸ポケットに入れて隠し録り(音声のみ)をしていたのを見てしまいました。どこかのカルト信者の方だったのかも知れません。スタッフの方にも報告はしましたが、ここにも一応記録として残しておきます。

カルト二世信者問題

村田らむさんがアレフの取材をしていた時、二世信者のイケメンのアレフの子がいて、すごくナチュラルに女の子を誘って勧誘していたとか、エイトさんが統一教会を取材していた時にも二世信者の子の話が出ていて、問題は深刻なんだなと思いました。
どのカルト教団でも、教団内で活動している二世信者というのは、そのカルト的世界観に忠実で、微塵も疑っていなくて、全く悪気はなく、自分は良いことをしていると思ってそれぞれの宗教で活動しているのだ、ということでした。
私が思うに、カルト二世信者というのは、両極端に分かれるのでしょう。村田さんやエイトさんが見たように、教団側からすれば「まっすぐで純粋」、外から見ると「完全洗脳されている」というような二世信者もいる一方で、幼い頃から教団の教えを刷り込まれつつ、世間の常識や友だちとの交流の中で教団や親の「信仰」に疑問を持ち、心の葛藤を抱えて、時には心を病んでしまうような二世信者も私は少なからず見てきました。そういう二世信者は活動していないから見えないだけで、本当は、寧ろそういう人の方が多数派なのではないかとも思います。
しかし、親や教団に対して疑問や反撥心を持っているような非活動の二世信者であっても、なかなかカルトから逃れることはできません。
何か人生の途上で問題があると「熱心に信仰しないからだ」などと洗脳を深められてしまいます。
二世信者がカルトから逃れるためには、親との縁を切る以外に道はありません。そのためには、経済的自立に加えて、精神的自立も必要です。経済的に自立することは、社会人になって働き始めると可能ですが、精神的な自立の方は、カルト信者の親は依存心が強く、子供に対しても、教団や教祖、そして親に対して「依存」させるような教育をします。「親に対する反撥」というのも、単なる依存の裏返しである場合もあります。
私の場合ですが、親から自立するには、『毒になる親』という本がとても有効でした。教団に対する依存心を無くすには、一旦別の宗教やスピリチュアリズムに触れてみるのは良かったですし、何かに依存したい気持ち(=「信仰心」)を完全に無くすには、『神は妄想である』という本が有効でした。
あとは、その教団以外の人たちとの交流も良いと思います。
オカルト教義は自分が想像する以上に深いところまで刷り込まれてしまっているので、長い時間をかけてじっくりと洗脳解除のリハビリしていくのがいいと思います。その際に大事なのは、やはり謙虚さだと思います。
「自分の判断が絶対に正しい。間違っているのは世間の方である」とか「自分は間違っていない。相手が間違っている。理解してくれない相手が悪い」などと思ってしまうような心理は、カルト信者の特徴です。(だから世間の常識と合わないような特定のオカルト教義を信仰して平気でいられる。)
なので、広く他人の意見や世間の人たちの意見を聞いて、自分の判断がおかしい点を客観的に観察して、自分の感覚を少しずつ修正していく、というような地道な作業が必要になるのだろうと思いますが、どうでしょうか。

追記

思い出したので書きますと、カルト新聞のイベントでは、複数カルト教団の異常な行動を紹介するので、どのカルト教団の信者でも楽しめると思いました。
カルトと言っても、他のカルト教団のことはしっかりとカルト認定していたりするものです(でも、自分のところだけは別だと考えている)。
例えば、「幸福の科学」では、創価学会統一教会ワールドメイトもオウムも「邪教」認定していました。新興宗教とは言っても、生長の家天理教立正佼成会などは、それらとは違って「天国的」な宗教だとしていたけれど、それぞれレベルの高い低いがあり、「幸福の科学」は飛び抜けてレベルが高い、ということを言っていました(GLAについては毀誉褒貶が激しいので省略)。
他のカルトも似たようなものでしょう。他のカルト教団のカルト性はよく分かるけれど、自分のやっている教団だけは別だと思っている。
一般に「傍目八目」とも言うように、人というのは、自分のことはよく分からないけれど、他人のことになると、よく分かるものです。「他人の振りみて我が振り直せ」とも言うように、他のカルト教団の姿を見て、自分の属している教団が漸く客観的に把握できたりもします。
ですから、工作員でもスパイでも何でも良いので、カルト新聞のイベントに参加して、他の参加者と一緒に他のカルト教団の奇行を見て笑えばいいと思います(自分の教団のことについては寝ていればよい)。
そうすることで、脱マインドコントロールにも繫がると思うのです。
マインドコントロール状態というのは、自分の信じている宗教やその教祖や教義を絶対化している状態であり、脱マインドコントロールというのは、自分の信じている宗教や教祖や教義の相対化をすることでできるのだと思います。相対化をすることは、即ち客観化ということでもある。
自分のやっていることや自分の属している教団、その教義を、主観を交えずに客観的に見ることができたなら、だれもその人のことを「マインドコントロールされている」とは言わないでしょう。
「脱マインドコントロール」と言っても、真正面からやろうとしたって、「死んでも『信仰』を辞めない」というのが彼らの理想としている態度ですし、極めて困難です。
ということで、回り道のようだけど、カルト新聞の「カルト教団を笑う」というスタンスは、他のカルト教団信者の脱マインドコントロールにもジワジワ効いているのではないか、と思ったのでした。