幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

霊能力について

幸福の科学」の根本経典の『太陽の法』には、魂の発展について書かれた部分がある。
四次元から九次元までの霊界の多次元構造と人間の魂の成長は比例する、というような話である。
今思えば、荒唐無稽な妄想であり、オカルト部分を除いても人間を高低で見るという非常に差別的な思想であるが、その中に、「心境が上がってくると霊能力が目覚めてくる」というようなことも書かれてあった。
今は手元にないので孫引きになってしまうが、例えばこのような感じである。

阿羅漢の境地とは6次元光明界から7次元菩薩界に入るための登龍門であり、ある程度自分つくりができ

てきた状態です。

・人のささいな言葉で動揺しない

・ちょっとしたことでカーッとしない

・地位欲や名誉欲に心が揺れない

・この世的なことで心が揺れない

・心がつねに清明

・自らの守護霊と通じ合う

・他人の気持ちが手にとるようにわかる

いきなり蛇足の話になるが、普通の人は、上の五つは理解できるが、下の二つはなかなか理解できないだろう。このように、八割から九割方は一般にも受け入れられることを入れておき、ほんの少しの毒を混ぜる、というのがこの種のカルト団体のやり方である。(なまじ正しい部分もあるから全否定はできず、なかなか離れられないことになる。)
ともあれ、大川隆法曰く、「阿羅漢」の段階では、「他人の気持ちが手にとるようにわかる」のだそうである。
ここには書かれていないが、他に会内でよく言われるのは「霊視がきく」というのもある。
私も信者時代は、支部長以上の職員というのはみな阿羅漢以上の心境であって、心も全て読まれているのだろう、と思っていた。みんな霊視とかもできていて、悪霊とかが憑いていたら分かるんだろうな、と思ってビクビクしつつ、邪なことを考えないようにもしていた。
総合本部の職員はみんな霊能力が使えるのだろう、とも思っていた。
今思えばアホな思い込みで、誰一人としてそんな人はいなかったということは断言できる。霊などは存在しないし、霊能力などもない。「霊が見える」と言う人はいるが、それは統合失調症等の精神疾患か脳の病気による妄想が見えているだけである。
もし現役信者や会内アンチ、または退会しても日が浅い人とかアンチでも霊を信じている人から見たら、私の発言は悪魔に見えるのであろう。私もそうだったから理解はできる。カルト脱会にも段階は必要である。
でも、今の私のような考え方が世間一般の正常な感覚である。「神は妄想である」というのは正しいし、「悪魔」というのも妄想である。妄想は妄想であると喝破しなければならない。いつまでも迷っていてはならない。
ちなみに、大川隆法は阿羅漢からさらに菩薩→如来→大如来(救世主)という段階に至っている存在であり、「六大神通力」が使えるそうである。
この部分は信者サイトの説明から引用する。

六大神通力には、「天眼(てんげん)」「天耳(てんに)」「他心(たしん)」「宿命(しゅくみょう)」「神足(じんそく)」「漏尽(ろじん)」がありますが、 現在、これらの六つの神通力を、世界で最高度に備えておられるのが大川総裁なのです。

リンク先には以下詳しくそれぞれの解説が述べられている。
これが嘘やハッタリの類であることは、幸福実現党の惨敗や幸福の科学大学の失敗を見れば明らかである。
しかしまた、純朴な信者はこれを嘘やハッタリとは思っていないから、「総裁先生は全てご存知だった筈。これには何か意味があるのだー」と考えて、あれやこれやと悩むことになる。そして、「地上に降りたエル・カンターレにも分からないことはあるのだ」という説を唱える者も出てきたりする。(後者の説は、『太陽の法』の記述とは矛盾するし、経典のどこにも書かれていない、信者による苦し紛れの解釈と言えると思う。)

まとめ

霊は存在しない。従って霊能力も存在しない。
まあ、霊を信じるのも信じないのもそれぞれの自由ではあるが、霊を信じて良くなることは何も無い。
そして、そもそも存在しない霊とか霊能力があることを前提に話すのは、詐欺師であるか、精神疾患である。(大川隆法は恐らくその両方である。)
虚妄を信じて幸福になることはない。