幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

「幸福の科学」グループ広報局が絶賛劣化中?

幸福の科学」グループ広報局が「カルトと信仰の違いが分からない週刊新潮は『宗教を語る資格』がないことを知るべきだ」というタイトルで週刊新潮を批判する記事を書いています。

これです。
今回は、高間氏の署名が無いので、別人が書いたのでしょうか。
しかし、いきなりタイトルから違和感を覚えました。そもそも、カルトと信仰は同列に並べて比較できるものなのだろうか?と。
「カルト」というのは組織や団体の呼称であり、「信仰」は行為に対する呼称だというのが私の認識です。「カルト」は「閉鎖的狂信集団」ぐらいの意味でしょう。なので、「カルトと信仰の違い」と言われても、かなり意味不明です。「カルトと、正しい信仰を持った宗教の違い」とか、「カルト信仰と正しい信仰の違い」とかなら分かるのですが……。

週刊新潮は宗教やスピリチュアリズムに対しては寛容な方だと思う

相変わらず個々の記事の筆者ではなく、週刊新潮を丸ごと批判してしまっているのですが、まずそこは切り離して考えた方がいいのではないでしょうか。「幸福の科学」が「高級霊」扱いしている櫻井よしこさんが連載を持っていることは以前に指摘しましたが、それ以外にも週刊新潮は宗教に関して肯定的な部分が幾つもあります。
手元に少し古い7月23日号があるので、少し読んでみました。例えば75ページ。大和ハウスのPR記事ですが、

榊で囲まれた四角な空間の中には山の神霊がおられる。
里まで下りた御霊は松の枝で包まれた御旅所に入り、里の人々は雉や魚や穀物や野菜を捧げ、神楽を舞って感謝の意を表す。三日間の供応が終わると、神霊はまた山の奥へと帰られる。

などと、スピリチュアルを前提とした記述があったりします。
また、110から111ページ、「東京情報」という連載では、

靖国神社は戦争で亡くなった英霊を祀る場所だろう。こうした襟を正すべきところで、若者がバカ騒ぎするのは問題ではないか。

とか、

「ほら見なさい。男女の縁は神様が決めるものであり、人間ごときが介入してはならない。……

とかいう記述があったりします。
さらに、146ページ、「とっておき私の奈良」という記事では、精神科医の名越康文氏を紹介して、

精神科医として臨床に携わる傍ら、テレビや漫画の分野でも活躍する名越さんは、8年前から、仏教、就中、真言密教に魅せられ、理論の習得と行の実践に取り組んできた。
「精神科医の立場からも、私個人に生き方を探る上でも、仏教は、大きなウエイトを占めています。空海は、真言宗の開祖というだけでなく、後の日本がどういう国を目指すのか、方向付けたキーマンのような人物であり、やはりもっとも気になる存在です」

云々と書かれています。
それから、最後のカラーページでは、摩耶夫人像を紹介しているものもあります。
このように、週刊新潮は、週刊誌にしては宗教に関心がある方で、肯定的に紹介しているなあと私は思いますが、どうでしょうか。
私の個人的な感想ですが、藤倉さんも宗教には理解のある方だと思っています。信者を傷つけないように配慮してるいるのを感じるんですよ。教祖や教団のおかしな行為やおかしな発言を取り上げて面白おかしく批判することはありますが、信仰している姿をバカにするとか、そういうことは決してしていないので。
信者の方でも、藤倉さんを憎めないという方は多いんじゃないかと思うのですが、どうでしょうか。私も信者時代は、別に藤倉さんに対して特段何かしらの怒りを覚えたことはありませんでした。

「“バブル”と繁栄の違いが変わらない週刊新潮」?

さて、広報局の発表した文章に戻りますと、記事中には、こういう見出しがありました*1。「変わらない」とあるのは、「分からない」の誤記ではないでしょうか。そうでないと、意味が通らない気がします。しかし、8月11日に公開されて、17日現在でも「変わらない」となっているということは、これで正しい可能性もあるのでしょうか。私にはちょっと変わらない、いや、分からないです。
今後、「分からない」に変わるか、それとも変わらないか。ちょっとしばらく観察してみたいと思います。

他のカルト宗教もまとめて全部を擁護しちゃった「幸福の科学」グループ広報局

同記事では、教団に入信することは「社会と隔絶する」危険性そのものであるかのように強調されているが、大きな間違いだ。宗教教団とは教祖を頂点とする垂直関係を有すると同時に、信者同士の連帯と救済機能が発揮される水平関係を有する。そして年数を経て大教団へと成長する過程で当会も、当初の各人が精神的成長を求めていく運動に加えて、水平的な連帯力が強い救済型宗教へと発展を遂げたのである。

幸福の科学」も、90年代は、創価学会真如苑統一協会オウム真理教ワールドメイトは「邪教」だと教えていたものなんですけどね。広報局の人こそ、カルトとそうでない宗教の区別がついていないんじゃないでしょうかね。
自分たちがカルトじゃないって言うのなら、その他同列に並べられている新興宗教と自分たちはここが違うのだ、ということを主張しなければならないんじゃないかなと思うんですよ。他の新興宗教でも、慈善活動は当然のようにやっていますよ。特にワールドメイトとかは顕著ですね。
しかも、よく読むと、指摘された「社会と隔絶する」ということは否定していないようですね。「信者同士の連帯と救済機能が発揮される水平関係を有する」と述べていますが、信者以外の人とは断絶するということを暗に認めてしまっているように思います。
書いた人は、ある意味正直な人なのでしょうけれども。
纏めると、色々と日本語表現がおかしいし、内容的にも反論にもなっていないということで、ちょっと意味不明ですね。担当者、変えた方がいいんじゃないでしょうか。里村さんとかなら、もう少しまともなことを言っていたような気がします。

*1:念のためアーカイブしておきましたhttps://archive.is/kjnpa