幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

「幸福の科学」二世信者による祖父母殺害事件と反省の教え

幸福の科学」では、「現代の四正道」と称して「愛・知・反省・発展」を行動の指針として掲げている。総裁の法話『リーダーの器』では、どこまで責任が負えるかがリーダーの器であるとして、「郵便ポストが赤いのも自分の責任だと思うようにならなければならない」ということも述べていた。
さて、信者や職員、或いは教祖の「リーダーの器」はどうであろうか。どの程度「反省」しているのだろうか。

信者の場合

信者は誰一人として今回の件に言及していない。信者の方でもし読んでいる人がいるのなら、「あなたは今回の件について全く責任がないと考えているのですか?」と訊いてみたい。私は前回の記事で、教団内の雰囲気に世間の常識からかけ離れた異常なものがあったということを指摘した。教団の中にいながらそういう危険性を未然に察知できなかったのか?そういうことの反省はできているのだろうか。
このまま何もしないでいると、今後、「幸福の科学」信者は、祖父母を殺害するような子供を育てる宗教の信者という重いレッテルを貼られたまま生きていかなければならないことになる。これはアンチが悪いのでも世間の人が悪いのでもない、信者自身の責任である。

職員の場合

教団は今回、

「亡くなられたお二人のご冥福をお祈りするとともに、少年の更生とご家族の心のケアに尽力し、教団としての導きの力をもう一段強めて参ります」

と述べている。「教団としての導きの力をもう一段強めて参ります」という辺りには若干の反省の色を読み取ることも可能だが、素直に読めば、他人事として語っており、当事者意識は皆無で、自分たちが悪いとは微塵も思っていないように読み取れる。根本的に自分たちの教えが間違っているのではないかという所までの反省はされそうにない。
既に指摘したHSUに対する非常識な会内の持ち上げ方に加え、これもまた既に私やアルゴラブ氏が指摘しているように、根本経典の中に殺人を合理化する教えが含まれていることが今回の殺人事件の大きな原因である。これでは、今後も殺人者を生み出すことになってしまう。
なので、ここで再度、私は警鐘を鳴らしたいと思う。
根本経典『仏説・降魔経』の中に、

この世のいかなる大罪も 三宝誹謗に 如くはなし
和合僧破壊の罪は 阿鼻叫喚 堕地獄への道 避け難し

という文言がある。「この世のいかなる大罪」、つまり、窃盗や傷害や殺人等よりも、「三宝誹謗」(大川隆法幸福の科学を誹ること)の罪が重いと言っているのである。ここから容易に「これ以上罪を犯させないために、三宝誹謗をしている人間を殺してさしあげよう」という理窟は生じる。こんな危険なお経を毎日信者に誦げさせていることは全くもって異常なことである。
ここを改めない限り、ちょっとしたことで身内を惨殺するような子供を生み出したにもかかわらず一切反省しない宗教という汚名がついて回ることになる。
教団は、世間の人に対して反省の意を示し、全く危険のない宗教であることを証明して見せなければならない。

教祖の場合

大川隆法というのは救いようのない人間であるので、絶対に反省しないだろう。
「申し訳なかった、私がHSUを強硬に開学させ、余計な霊言をして不認可となり、信者の子供たちに無理をさせた結果、今回のような事件が起きてしまった。まことに痛ましいことである。実は、私はエル・カンターレなどではない。宇宙人も霊界も、全て私の妄想である。本当は霊能力など全くないのである。だから、予言も一切当たらないし、過去世認定もコロコロ変えてしまう。今まで信者諸君を騙していて申し訳なかった。私はただの一人の人間である。今まで戴いたお布施は、希望者にはできるかぎり皆さんに返金する。本当に申し訳なかった」
とでも言ってくれたら、私は涙を流して許すだろうけれども、そういうことは絶対にないのである。

アンチの場合

アンチというのは「幸福の科学」が邪教であること、とても危険な宗教であるということを他の誰よりも知っている。私もそうだったが、うっかり自分の生活を優先して休んでいたりもした。
もし、もっと頻繁に活動して、多くの人に「幸福の科学」の危険性を伝えることができていたら、もしかしたら今回の二世信者の親にもそれが伝わり、今回のような凶行には至らなかったかも知れない。そういう意味で、私にも反省すべき点がある。
なので、反省を踏まえて、今後は幸福の科学」は殺人者を育てる宗教であるということを声を大にして言って行きたいと思う。