幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

「幸福の科学」と中絶とマッチポンプ詐欺

「新時代の道徳を考える」ですって

こちらは公式サイト。

こちらは信者ブログ。
信者ブログの方は、恐らく支部から来たメールの転載で、少し詳しい内容になっています。
先日の「幸福の科学」二世信者による祖父母殺害事件には触れられていないようです。ただ、このタイミングでこういうタイトルで話すということは、暗にその事件を受けて、「私たちはしっかり道徳についても教えていますよ」という、世間に対するメッセージも含まれているのかも知れません。
今回に限っては、私も内容が気になります。
度々繰り返していますが、根本経典『仏説・正心法語』の中の経文の一つ、『仏説・降魔経』の中に、「この世のいかなる大罪も 三宝誹謗に如くはなし」と言って、殺人よりも大川隆法や「幸福の科学」のことを悪く言うことを重い罪だとしています。「幸福の科学」的には、数年に渡って教祖と教団と教義を批判し続けている私などは極重悪人であって、「阿鼻叫喚 堕地獄への道 避け難し」なのです(笑)。
そういう時代錯誤的な価値観を戴いている人たちが説く「新時代の価値観」というものには、とても興味があります。

「中絶は罪だ」と教え、反省するために高額の研修を勧めるという見事なマッチポンプ

さて、本題に入ります。「幸福の科学」公式サイトで、以下のようなページを見つけました。

これは、「幸福の科学」の職員である松尾まどかという人が、「堕胎をして、罪悪感を感じている」という大学生の悩みに回答している文書です。
質問しているのは、恐らく二世信者と思われます。「罪悪感を感じている」と述べていますが、そもそも、堕胎をすることに過剰な罪の意識を植え付けているのは、「幸福の科学」の教えです。松尾氏が丁寧に説明してくれているので、そのまま引用します。

今、日本でも堕胎する人が増え、非公式のものも含めると年間100万人もの人が堕胎していると言われています。このような状況の中、スピリチュアルな側面から見た場合、どのようなことが起こっているのでしょうか。私たちは魂の向上を目指し、天国から地上に生まれてきます。そして、生まれてくる前には、職業や親、結婚相手などを選び、母親のお腹に宿ると教えられています。母親の妊娠後、お腹に宿った赤ちゃんは、「無事に生まれられるだろうか」という不安を抱えながら、真っ暗な世界で十月十日、じっと耐え続けます。そんなとき人工流産によって堕胎されてしまうと、その胎児の魂に大きな傷が残り、再び母胎に宿ることに強い恐怖心を抱くようになってしまいます。また、結婚を予定していた相手と結ばれなかったり、予定していた職業での使命を果たせなかったりと、赤ちゃん自身や、その子に関わる人たちの人生計画が狂っていくのです。そのために、今、あの世では堕胎による混乱が起きているようです。中には、死後、天国に還(かえ)れず、自分の母親や家族の近くをうろうろ彷徨(さまよ)い、障(さわ)りを起こす魂もいますし、たとえ、次は無事に生まれても反抗的になったり、反社会的な行動を取ったりすることもあります。

最初の一文はまだ分かりますが、その後の「私たちは魂の向上を目指し、天国から地上に生まれてきます」以降は完全な妄想の世界に突入します。全て根拠のない妄想です。よくもまあ、こんな適当なことが言えるなあと思うし、よくもまあ、私もこんな適当なことを信じてしまっていたものだ、と思います。
スピリチュアルの世界というのは恐ろしいものです。一度信じてしまうと、全部、その人の言いなりになってしまいます(中島知子辺見マリの例を参照)。

余談

少し脱線しますが、退会してもしばらくは、この種の束縛は残るものです。神とか霊とか宇宙人*1とかいうものは、全て妄想です。「妄想」という言葉が悪ければ、現実には存在しない、観念上の存在です。人間の思考の中にしか存在せず、あると思う人には存在すると思われるし、ないと思う人には存在しないというものです。しかも、ないことの確証を持つことは絶対にできません(cf.悪魔の証明)。
従って、徹底して考え尽くさないと、いつまでも「そういうこともあるかも知れない…」という不安や恐怖を持ち続けてしまうことになります。
端的に言って、そういう不安や、上記大学生のような罪悪感から逃れるためには、唯物論を学ぶ以外にありません。「唯物論」ということに抵抗があるのであれば、「現実主義」と言い換えてもいいし、「自然主義」と言ってもよいです。この世界のあるがままを見て、あるがままを受け入れること。そこに神や霊や、不安や恐怖や罪悪感等というものは全くありません。あるがままの世界を受け入れ、あるがままの自分を受け入れること。簡単なことです。
そうして見ると、水子霊などは存在しないし、罪悪感を持つ必要など全くありません。
人工中絶に関して言えば、母親は本能的に子供を生み育てたいと思うものであり、それを中絶するにはそれなりの大きな理由があるものです。上の質問者の場合、「経済的な面やお互いの将来のことなどを考えた末」と書いてあります。その段階で、相当悩み、苦しんだことでしょう。母胎にもダメージがあったでしょう。
百歩譲って仮に堕胎が罪だとしても、堕胎した段階で相当な苦しみや痛みを負っているのであり(肉体的にも心理的にも)、とっくに罰せられています。松尾氏は「きちんと反省しましょう」などと死者に鞭打つような無慈悲なアドバイスをしていますが、反省もとっくにしています。この上に何を反省し、何を罪に思うことがあるでしょうか。
この質問者のように、悩んだ末に堕胎をしたような人に対して、更に罪悪感を増すような言葉を掛けることは、宗教者のすることなのでしょうか。私には、教祖を真似て馬鹿の右倣えをしているだけに見えます。
私は、同じ二世信者として、水子霊などは存在しないし、これ以上罪悪感を持つ必要は全く無い、ということをこの方に伝えたいです。

「ポンプ」の解説

余談が長くなりましたが、話を戻します。松尾氏は、最後にこのようなことも述べています。

幸福の科学では、水子供養や、『三日懺悔式』、『過去清算の秘法』―特別灌頂―を行っているので、受けることをお勧めします。

確か「水子供養」と『三日懺悔式』は三万円目安(?)、『過去清算の秘法』―特別灌頂―は、十万円目安の「御奉納」が必要でした。*2
つまり、やっていることは、ありもしない架空のスピリチュアルな話を信者に植え付けて罪悪感を持たせ、その罪悪感は(高額のお布施をして)うちの祈願や研修を受けたら解消できますよ!というマッチポンプ型の詐欺を公式サイト上で堂々と展開しているということになります。
松尾氏本人や他の職員たちは、「詐欺をしている」というような意識は全く無く、善意でやっているから、このように公式サイト上で堂々と詐欺的手法を掲げていても、誰も気にしないということになっています。まさしく非常識なカルト教団と言えるでしょう。
罪悪感を持つべきは、質問者の大学生ではなく、あなたがた「幸福の科学」職員一同なんですよ。分かっていますか?早く気付いて反省してくださいね。

「中絶は殺人と変わらない」と教えているのに「反省」するだけで許されるのか?

書いている途中でまた一つ疑問に思ったことがあります。「幸福の科学」では、胎児も一人前の人間として認めており、「中絶するのは殺人と同じである」と教えています。ソースは、確かなものは見つけられませんでしたが、リバティwebの記事中に書いてあるものがありましたので以下に引用します。

ここで問題になるのは、胎児にはいつから魂が宿るのかということだろう。幸福の科学の霊査によれば、胎児の魂は妊娠9週目ほどで肉体に宿るため、霊的観点から言えば、それ以降の中絶は殺人と変わらないことになる。

「中絶は殺人と変わらない」とハッキリ言っています。ソースは失念しましたが、私も信者時代、同様のことを繰り返し教えられたのを記憶しています。だからこそ、上記質問者も大きな罪悪感を背負ってしまったのでしょう。
とすると、堕胎をした質問者は、「幸福の科学」の教義的には殺人者と変わらないことになります。松尾氏のアドバイスによれば、殺人を犯しても、しっかりと祈願や研修を受けて反省すれば許される、ということになってしまいます。つまり、「殺人しても、反省すれば許される」というのが「幸福の科学」の教えのようです。

「他人に対して和解をし」から「他人に対して理解をし」に変わったことがあった

更に思い出したのでもう一つ余談です。
思えば、1994年でしたか、根本経典の『正心法語』が一部書き換えられるということがありました(「方便の時代は終わった」事件)。それ以前は「他人に対して和解をし 自分に対しては反省せよ」だったのが、「他人に対して理解をし 自分に対しては反省せよ」に変わりました。私が記憶しているその変更理由は、関谷さん等の脱会者を念頭に置いたものだ、ということでした。(マスコミとかも含んでいたかも知れません。)「悪魔と和解したら、悪に屈することになる」というような理由だったと思います。
今振り返って考えてみるに、「和解」というのは相手の意思も必要になります。お互いに許し合って握手するのが「和解」です。ところが、「理解」というのは相手の意思には関係なく、こちらの主観だけで済んでしまいます。「和」と「理」という漢字一文字の違いですが、この違いは大きかったように思います。信者たちが、毎日誦げるものです。これが信者一同の行動規範になります。
この変更を機に、相手と「和解」しなくても良くなった。例えば、夫と和解しなくても、理解するだけでよくなってしまった。このせいで家庭崩壊は一層進んだだろうし、教団のカルト化も進んだのではないか、という風に思われます。
もし、「理解」が「和解」のままだったら、あの二世信者は祖父母を殺害しただろうか?いや、していなかったのではないか?とも思ったりもしますが、どうでしょうか。

*1:所謂レプタリアンとか金星人とかプレアデス星人とか、想像上の宇宙人

*2:実は、私も信者時代、『過去清算の秘法』を受けた経験があります。真っ暗な礼拝室で五体投地をして、導師からお清めの水を後頭部に数滴垂らされるという儀式を行ないます。「エル・カンターレの特別な力により、過去の罪が全て許される。過去の悪業が全て消える」というものです。BGMや儀式に入る前の心構えなどを厳しくしたりして、有難く感じさせるような雰囲気作りは行なわれていました。当然、『過去清算の秘法』などというものは、妄想に妄想を重ねたものであって、十万円の価値などは到底ないことは言うまでもありません。