幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

大川隆法のパワハラ容認&違法行為容認発言

ゆーぱの部屋を見ていたら、大川隆法の言葉としてこのような文章が引用されていました。

実際に大学に入ると、新歓コンパなどがあり、運動部などに入ったら、先輩たちが寄ってきて、「俺の酒が飲めないのか」と言ってくることがあります。こうしたことに対して、「これは法律違反であり、私は前科者になりますから嫌です」というような答えができるかといえば、やはり、そう簡単にはできないもので、無理やり飲まされます。「俺の酒が飲めないのか」と言われたときには、そういうことが起きているわけですが、警察も、そこまで入ってきて捕まえはしません。(中略)
 このように、そういった“ファジー”な部分は、やはり、ある部分にはありますので、「全部が百パーセント厳格であればよい」とは、必ずしも言えない部分があるのです。

とんだ時代錯誤の大救世主様ですね。
パワハラの一種でアルコールハラスメントというやつです。近年は度々飲酒強要で急性アルコール中毒による死亡事故が起きたりして問題になっていて*1、販売側がしっかりと年齢確認をするようにもなっています。コンビニでも年齢確認は必ずされますし、居酒屋でもきちんとした所なら必ず年齢確認をされます。
飲酒強要は、たとえ相手が成人であっても罪になりますし、未成年なら尚更大きな犯罪です。当然、通報を受ければ警察は入っていって捕まえますし、飲酒強要がバレればそのサークルは活動停止処分にもなります。
こういうのが大川隆法総裁先生の説く「新時代の道徳」なんでしょうかねえ?「幸福の科学」職員の皆さんに詳しく訊いてみたいものです。
HSUでは、当然、このような飲酒強要が行なわれたりもするのでしょうね。神々の主がこのように仰っているのだから、従わないわけにはいかないでしょう。「未成年でも飲酒をしたい!または先輩として飲酒強要をしたい人はHSUへ!」というのを宣伝文句にするといいかも知れません。

監視カメラが「怖い」?

また、大川隆法は続けてこのようにも述べています。

それから、交通違反等の取り締まりもあるかとは思いますが、監視カメラがやたらと増えてくる社会というのは、やはり“怖い”社会です。(中略)本当に、これは、独裁者の支配下に入ったときには、完全に逃げる余地がない状況になってきますので、ある程度“ザルッと”したところも残さないと危険です。自由のためにはザルッとしたところも少し残す必要はあると思っています。

監視カメラを怖がるのは犯罪者ぐらいです。一般の善良な人々にとっては、監視カメラが増えても何ら困ることはありません。犯罪を抑止できるという点で、寧ろ歓迎すべきことです。
まあ、「監視が怖い」と感じるのは、統合失調症特有の被害妄想と関係があるかも知れません。
ちなみに、上記リンクから辿るとゆーぱさんのコメントも読めます。ゆーぱさんも、少し戸惑っていて、今回の大川隆法の言葉の真意を測りかねているようなところがあるようです。

子曰く『七十にして心の欲する所に従へども、矩を踰えず』

このような一連の大川隆法の発言を見ていると、宗教家に必要なストイックさというものが欠けているように思われます。(行動面からも、思いつきで何でも喋ってしまったり、簡単に離婚・再婚してしまったりするあたりにもそれを感じます。)
孔子の言葉と似非救世主の言葉を比較するのも失礼な話ですが、天国と地獄ぐらいかけ離れた価値観です。
最後に、私の考えはこうです。

  • 未成年に対して飲酒を強要するのは犯罪であり、時に死亡事故を引き起こすこともあるので絶対にやってはいけない。
  • 喩え相手が成年であっても飲酒を強要するのは犯罪であり、同じく死亡事故を引き起こすこともあるので絶対にやってはいけない。
  • そのようなことを是認するような空気があるとすれば、それは改めなくてはいけない。そのためには啓発活動が必要である。
  • もし強要されたとしても、断る勇気を持つことが大事である。「警察に通報しますよ」とハッキリ言いましょう。友人やお店の人、或いは先生や両親にも助けを求めましょう。
  • 社会に監視カメラが増えても、いつも心正しく生きている人なら、何ら怖いことはない。それどころか、メリットしかない。
  • 監視カメラを極度に怖がる人間は、何か後ろめたいことのある人間である。
  • 私は監視カメラよりも監視カメラを怖がる人間の方が怖い。監視カメラを怖がるような人間が教祖を務める教団というのはとても怖い。

自由とは、自らの意志で自らをコントロールすることである。自らの欲望に振り回されることは自由とは言わない。また、自分の意志を大事にするのと同じように、他者の自由意志を尊重することである。その観点からも飲酒強要が「自由」とは断じて言えない。
大川隆法の考えはハッキリと間違っている。
教祖がこのような間違った考えを持っているから、その信者は殺人事件を起こしたりするのである。