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幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

HSUにある「幸福の科学大学設立大成功祈願」の石柱

二世信者 教義批判

HSUで学園祭があったようで、twitterで幾つかレポートが上がっており、それがまとめられていました。

掲示板の方にも少し感想を書きましたが、他に気になったのがこれ。


幸福の科学」で行なわれている祈願というのがどのようなものであるのか、特徴がよく現れているので、少し解説とツッコミを入れてみたいと思います。

幸福の科学大学設立大成功祈願
大川隆法

幸福の科学」に於ては、祈願や経文は全て大川隆法が直接書いています。それを信者一同にエル・カンターレ像の前で読み上げさせるというスタイルを取っています。
このように教祖の言葉を信者に唱和させて洗脳するというのはよくあるパターンかと思われます(「アファメーション」という自己暗示の手法の悪用)。

偉大なる仏陀よ、そして学問の神トスよ、この度の幸福の科学大学設立計画、ぜひとも大成功させたいものです。

仏陀大川隆法の過去世(自称)として有名ですが、「トス」というのは、今から一万年ほど前、アトランティス大陸があった時代にアトランティス大陸に生まれた大川隆法の過去世の一つであり、万能の天才であったという設定になっています*1
「設立大成功祈願」というから、恐らく、数年前からこの祈願は行なわれていたのでしょう。祈った結果が文科省から不認可プラス五年間のペナルティ付きということで、全く無能の神、もしくは相当強力な祟り神であることが分かります(皮肉)。

幸福の科学大学は、ユートピアの礎です。未来国家創造の基礎であり、全世界の夢と希望です。
この大学が、未来社会の、エル・カンターレ文明の源流になっていくのです。

本来、全世界の人々が、設立に駆けつけるべきなのですが、いまだに世界は、暗闇の中に沈んでおります。

前半は、自分たちの理想を述べ、続いて現実とのギャップがあることを認めています。しかし、それは自分たちが悪いのではなく、世界の方が「暗闇の中に沈んで」いるからという理窟になるあたりはカルト丸出しという感じですね。

いまわれら、心ある光の天使、ささやかなる灯火を結集し、暗夜の海を照らす、灯台の光とすることを決意しました。

「心ある光の天使」と言わせて、信者の自尊心をくすぐることを忘れず、「決意しました」ということを強制的に信者に言わせて、マインド・コントロールしようとする意図が窺えます。

この海は、全世界へとつながる海です。
そして全地球生命の母胎です。

この部分は唐突過ぎて謎ですね。前後との脈絡もよく分かりません。上の文章では、「灯台の光」=「幸福の科学大学」であるとして、「暗夜の海」=暗闇の中に沈んだ世界でしょう。海=世界だった筈なのに、「この海は全世界へとつながる海です」と言われると、私には理解できません。「そして全地球生命の母胎です」などと言われると、更に理解不能になります。
……ああ、私の解釈が間違っていたのかも知れません。「暗夜の海」というのは、暗闇の中に沈んでいる世界とは全く無関係のものだということでしょうか。
暗闇の中に沈んだ世界とはまた別個に「暗夜の海」というものがあり、HSUという「灯台の光」が照らすのは、暗闇の中に沈んだ世界ではなくて、暗夜の海だけである。しかし、だとすると、HSUは暗夜の海しか照らせず、暗闇の中に沈んだ世界は暗闇の中に沈んだままだということになってしまいます。相変わらず「全地球生命の母胎」の部分は謎です。
信者や職員の皆さんは、この部分をどのように解釈して読んでおられたのでしょうか。

エル・カンターレよ、ぜひとも、幸福の科学大学の設立を、大成功へとお導き下さい。
われら、力の限り尽くすことを、ここにお誓い申し上げます。
(合掌・感謝)

大川隆法がこの経文を考えて書き、信者に読ませているのだということを念頭に置くと、「祈願」という形を借りてでマインド・コントロールが行なわれていることがよく分かります。
「(合掌・感謝)」というのは、他の祈願にも毎回ご丁寧に付けられています。
感謝の強要というのは、カルト宗教やブラック企業や毒親やその他詐欺等の特徴ですね。普通、人は感謝したらそのままでは済まず、何かお返しをしなければならないと思うものです。純朴ないい人ほどそう思ってしまいます。
しかし、人には「見返りを求めてはならない」と教えていながら、自分たちは見返りを求めまくっているというのが、それら詐欺師たちの特徴です。
だから、大川隆法は「われら、力の限り尽くすことを、ここにお誓い申し上げます」などと信者に言わせるような経文を書くことができるのですね。祈願なのに、誓いになってしまっている。文章の流れ的にも不自然で、美しくなく、無理矢理にお決まりの文句を付けました、という感じがします。
ただ、熱心に信仰している人にこの種の指摘をしても、聞く耳を持たれることはありません。「可哀想に」と思われるか、「総裁先生を誹謗中傷するな」と怒り出すか。いずれにせよ大川隆法に関する批判は、一切、思考停止してしまいます。私も信者時代はそうだったのでよく分かります。この場合は、「総裁先生は私たちに力の限り尽くすことを望まれているのだから、これでいいのだ。己が使命を忘れがちな私たちに、このように誓う機会を与えて下さっていることが有難いのである」と思うでしょう。
何かしら、きっかけが必要なんですよね。あとは正常な思考力と判断力があれば、誰でも脱カルトは可能だと考えています。

*1:更にその後、エジプトのトート<toth、Θωθ>神となったという設定。