幸福の観測所

反社会的宗教団体「幸福の科学」の批判を中心としたアンチカルトブログです。

「幸福の科学」分析のための参考記事(3/5追記あり)

以前にも紹介したことのあるブログですが、この記事が秀逸でした。
あくまでカルト一般・病的オカルト思考一般の話なのですが、「幸福の科学」及び大川隆法に非常に良く当て嵌まります。
少しだけ引用してご紹介します。

病的なオカルト原理思考に見られる「原始的防衛機制」は、幼児的万能感の屈折型なんですね。だから自我肥大化したオカルト教祖は「王様気分」で、人でも世界でも何でも思い通りにしようとしたがるんですね。
自身は神の代弁者のつもりでしょうが、その本質は「大きな赤ちゃん」と同じ心理状態なんですよね。

「自身は神の代弁者のつもり」というのはその通りですね。信者も教祖本人も否定できない事実でしょう。

ちょっと気に入らなければすぐに人事を変えたり、予言が外れても取ってつけたような理屈で正当化し、教義は都合でコロコロ変わり、言ってることもやってることも矛盾だらけであるにも関わらず、子供じみた幼稚な振る舞いをして、まぁそんなことばっかりやってる「幼児性の心理」です。

この辺が特にまるで見てきたかのような大川隆法の姿そのままで、驚きました。
「ちょっと気に入らなければすぐに人事を変え」るのはその通りですね。「予言が外れても取ってつけたような理屈で正当化」というのもその通りで(1999年のポールシフトの件など)、「教義は都合でコロコロ変わり」というのもその通り(根本経典である筈の『太陽の法』は何回書き換えられたことでしょうか)、「言ってることもやってることも矛盾だらけ」というのもその通りです(家庭ユートピアを説きながら離婚したりとか)。

さらに有名人やらを無理に教義に取り込もうとしたり、他宗教の教えやら科学知識やらを我田引水して「その宗教以外の素晴らしさ」で塗り固めた寄せ集め宗教じゃないですか?

繰り返し言いますが、書いている人は「幸福の科学」を念頭に置いて書いているわけではありません。カルト宗教一般について書かれている文章です。しかし、当て嵌まりすぎです。
今起きている清水富美加の事件をはじめ、最近の有名人の「霊言」シリーズはまさにこれですね。「他宗教の教えやら科学知識やらを我田引水して」、「実は全て主エル・カンターレ(=大川隆法)から出てきたものなのだ」と主張しているのが「幸福の科学」です。(信者をそうやって洗脳・マインドコントロールしている。)

無意味な使命感を持たされて、「私は光の戦士」とか「高尚な目的を遂行している存在」とか、そう思いこまされ、そして「組織内格付け」の人心操作によって、過剰なプライド意識をエスカレートさせ、それを満たす以外に存在意義を感じれないほど貧しい選民意識状態になっていくわけです。
本人は「自分は闘争的・攻撃的ではない」と思いこんでいますが、大体においてこういう人々は表面は穏やかで真面目な感じですが、心の根っこには凄いプライドがあって闘争的な状態が慢性化してて、その自覚がもう完全に麻痺してるんですね。
だからちょっと突けば「真理を守る」っていう大義名分を持ち出してすぐに異常にわめき出すか、完全無視の否定・排斥をします。

この部分は「幸福の科学」信者各位の行動に当て嵌まりますね。選民意識が強く、攻撃的であるのに、自分のことを攻撃的だとは思っていない。ちょっと教祖や教義や教団のおかしな点を突くと、「あいつらは悪魔だ」等と言って、完全否定してくる。(誰とは言わないけれども、今もブログ村幸福の科学カテゴリで騒いでいる人たちがいますね。悲しいことですが、「その自覚がもう完全に麻痺してる」というのもそのまま当て嵌まります。)

こっちは難しいけど更に深い話。
本当は、真面目に真理を探究している熱心な信者の人にこそこういうのを読んで貰って、自己と向き合ってじっくり考えてみてほしいんですけども、難しいですよね……。

3/5追記

こちらの記事、大川隆法と「幸福の科学」について、書かれていました。見逃していました。失礼しました。
現役信者の方にも比較的読みやすいのではないでしょうか。
教団についてもよく知っておられるし、何というのかな、現役で渦中にいる信者の気持ちもよく分かっている所がすごいなあと思います。